マコちゃんは3月下旬に3.16kgという生涯最低体重を記録していたが、食餌を工夫したり、時には食欲増進剤に頼るなどして、昨日の測定で去年10月と同レベルの3.78kgにまで回復した。たかが620g、されど620g。高齢な上に抗癌剤の化学療法で痩せ細った猫の体重を増やすことがどれだけ困難か、この1年で思い知った身からすればこれほど嬉しいことはない。体力の衰えは隠せないものの、食欲は年齢なりに旺盛で、朝早くから腹減ったーと寝室に起こしに来るし、以前のようにうにゃうにゃと独り言を言いながら俺や妻のあとをついて回ることから、外見上は体調もいいように見える。無論これが永遠に続くわけではなく、高い確率で鼻腔内リンパ腫が再発することは覚悟しているが、穏やかに過ごせる時間的猶予が欲しいという治療の目的はそれなりに達せられたのではないかと思う。元気になりすぎて寿命まで逃げ切れない予感はあって、去年4月の発症から起きたことをいずれ再び繰り返すことになると思うと、今から辛くてしんどいのではあるけれども。
先週から仕事が忙しくて散歩に出る余裕もなかったが、ようやく一段落ついたので、昨日は溝の口から多摩ニュータウン方面にかけて猫散歩に出かけた。9月21日にもほぼ同じコースを辿ったばかりで、その時は途中の久地から南武線に乗って拝島へ向かい、姿を消したキジ白3号を探しに行ったわけだが、今回は久地からバスに乗り、向ヶ丘遊園から小田急線に乗って黒川、唐木田の順に散歩して回った。曇っていたせいか期待したほどの結果ではなかったが、写真の方はきっちり2回で載せられる量になったので、今日はその前半を紹介しておく。
1匹目は府中本町駅に向かう途中、からし号で寄り道した猫路地で遭遇。

カメラに収まるのは去年12月以来。民家の敷地の奥にいることが多く、指を咥えて通りすぎること多数。

大白斑の相方は一昨年の9月を最後に見なくなった。この路地にはほかにもたくさんの猫が暮らしていたが、今はたぶんこいつのほかに2〜3匹だと思う。

武蔵溝ノ口をスタートしたのは8時前。定点の猫寺には黒白が1匹潜むのみ。

警戒心が強く、一歩前に出たら本堂の裏まで全速力で逃げてしまった。

多少後ずさりしたけど何とか持ち堪えた。二つのお寺で立て続けに猫を見るのは珍しいかも。

猫寺猫が続いたので次もまた猫寺に立ち寄ることも考えたが、この日は広範囲を散歩する予定なので大人しく順路通りに進むことにした。なお、俺の猫散歩コースには少なくとも三つの猫寺があって紛らわしいので、この記事の冒頭の猫寺を「猫寺A」、二番目の猫寺を「猫寺B」、そしてこの日スルーした三番目の猫寺を「猫寺C」と呼ぶことにする。
そういうわけで次に立ち寄ったのは猫峠。舌を鳴らしたらわらわらと出てきた。

2022年9月に初めて見かけた猫ファミリー。……ではあるんだけど、どうも子供たちの組み合わせが違うような気がするんだよなあ。

この子は当時の写真の右側だと思う。模様だけだと自信ないけど光彩が似てる。

唯一はっきり分かるのは左側の子(こちら)。右側のは分からんなー。

突き当たりの家の黒がこちらを見ている。あそこも一大猫拠点だから混じっちゃって余計分からないんだよね。

自宅へ逃げ帰った黒のあとをついて行くと、玄関先にもう1匹現れた。

ほらー、やっぱりここにもキジトラがいる。こうなっちゃうともうどれがどれだか……。

ちなみに茶トラ白は子猫の時から知ってる子。ふてぶてしそうな顔つきに反して、2022年生まれの3歳。

そして子猫時代の写真にもやっぱりキジトラが写っているんだなあ。模様からしてこの子ではないと思うけど。

さっきの黒は車の下に潜って出てこなくなり、代わりに隣の家の黒が顔を出した。幸い(?)、この家にキジトラはいない。

9月に来た時はフィルムで撮っていたからね。黒猫の写真が真っ黒すぎてリベンジしたかったんだよ。

雲の隙間のお日様を待ち焦がれるようにして、猫が庇に座っていた。

友好的な素振りを見せるわけでもないのに、何となく親近感を覚えるのは片方だけ折れた耳のせいか、それとも鉢割れキジ白という毛色がサチコを思い出させるからなのか。この続きはまた後日。
























