最近は猫散歩に出かけても当日中にブログを更新できず、「その日の猫はその日のうちに」を標榜している身としては忸怩たるものがあるが、気力その他の衰えは止めようがない。明日から1泊2日でプチ猫旅に出かけてくるが、大晦日の夕方に帰宅してから写真を現像したり文章を書いたりできる気がまったくしないので、昨日の散歩で会った猫たちを紹介し終えたところで今年の振り返りを書いておくことにする。
この日のスタートは北野から。年内のうちに会っておきたい子に何匹会えるかなーと、2週間ぶりの猫探しに胸を高鳴らせながら歩いていると、遥か向こうの南向きの壁際に黒い固まりが見えた。この日の最低気温は氷点下4.1℃と八王子の本気レベルではないものの、日陰は寒くてじっとしていられないほどだ。

近寄ってみたら2匹とも顔見知り。睨みつけているような目つきだけど、日差しが鋭くて眩しいから、どうしてもこうなっちゃう。

毛の長さもさることながら、同じ黒猫でもだいぶ色調が違う。こっちの子は唾液のアルカリ度が高くて脱色しているのだろうけど、どちらも同じ家で同じご飯を食べているはずだから、やっぱりこれは体質なのだろうなあ。

いつの間にか増えていたのは限りなくキジトラに見える二毛。たすき掛けのようにレッドが入っているね。

隣の建物にも壁際に張り付いているのが1匹。みんな目つきが悪いけど、この子は普段こんなだし、さっきの2匹だっていつもはもっとフレンドリーな顔立ち(こちらとこちら)。冬の朝の日差しは猫を凶悪にするね(嘘)。

真横から差すような低い日差しに当たっているのは馴染の長毛キジトラ。

このころ時刻は9時をすぎたばかりで気温は3℃ほど。明け方よりだいぶマシとはいえ、自転車を漕ぐと刺すような冷たい風がとてもツライ。君には分かってもらえそうにないけれど……。

で、相変わらずきれいに撮るのは至難の業。こういう厳しい光線状態の時、APS-Cではあからさまに絵みたいな平板な写りになってしまって二重にツライ。

まともに順光だと白斑が白飛びしちゃう。天気が良すぎてもムズカシイ猫写真。

この季節、まともに東を向いたら人間だって眩しくて目を開けていられないのに、人間よりも遥かに高感度な目を持つ猫が、なぜ細目ながらも眩惑を受けずに目を開けていられるのか。しかも猫の目は網膜の奥にタペータムという反射層があって、入ってきた光を増幅までしているのに、である。調べたところ、猫の瞳孔は拡大時と収縮時の面積差が著しく大きく、人間が最大でも16倍なのに対して猫は150倍近くもあるのだそう。猫の瞳孔は縮小すると針のように細くなり、目から入る光量を100分の1以下に制御できるので、よく晴れた雪原のような環境でもちゃんと見えるというわけ。
不審者を睨んでいるわけじゃないんだね。

この日は11時半に床屋を予約していて、最後に立ち寄ったのはいつもの猫ヶ丘。ウーちゃんは呼んだら下りてきた。

猫寺で撮ったようなポートレートと思って、単焦点レンズで絞りを開けて撮ってみたけど、コントラストが高すぎて白が飛び飛び。

坂下の黒にも挨拶できたのは良かった。長い付き合いのように感じるけど、2017年の子猫だからまだ8歳。

平山時代の旧居近くで見かけた二毛はずいぶん久しぶり。平山時代は相方の長毛ポイントと一緒のところをよく見たものだが(こちら)、そちらは2021年1月を最後に見ていない。

最後になったが、大晦日は更新できない気がするので、今のうちに一年の締めくくりを書いておく。
今年は嬉しいことから悲しいことまで様々な出来事があり、それに追い討ちをかけるように妻が入院したり俺がコロナに罹ったりもして、気持ちがとっ散らかってどう言語化していいのか困るほどだった。2011年7月に猫散歩を始めてから14年が経ち、古い知り合い猫が鬼籍に入る時期にもなっていて、1月には西立川のエビ子、9月には2009年からの知り合いだったキジ白3号と2011年組の緑道のゴメン顔が相次いで旅立った。とりわけエビ子とキジ白3号は深く懐いてくれていたし、キジ白3号に至っては拝島時代のお隣さんみたいな存在だったので、2匹の旅立ちを知った時のショックは大きく、このブログの存続意義の多くを失ったような気持ちにもなった。また、出会った時期は比較的最近だが、あやめ邸の鼻黒も2月に死亡しており、控えめに懐いてくれる姿がいじらしい子だっただけに、とても残念で悲しかった。
6月7日、サチコとの別離は忘れられない出来事だった。もっと何かできたのではないかと自責の念に駆られる一方、あの時の衰え方を思い返せば、何かしたところでどうせ今はこの世にいなかったという諦念の方が強い。人間換算104歳という年齢ではなす術がなく、一度体調を崩せば坂道を転げ落ちるようなもので、俺はただ指を咥えて傍観しているしかなかった。22年という時間を愛くるしい姿のまま通りすぎて、俺を置いて一人で先に行ってしまった。
サチコが死んでからというもの、マコちゃんは俺や妻にずいぶん甘えるようになり、妻や俺もまたマコちゃんをさらに猫可愛がりするようになった。共依存のような感じで、また誰かが欠けたりしたらどれだけ辛いだろうと心配になるが、22歳まで生きたサチコも、鼻腔内リンパ腫の化学療法を乗り越えて1年生きたマコちゃんも、天晴れな人生を歩んできたことは揺るぎない。俺自身もここへ来て飼い主として地に足がついたように感じている。マコちゃんがいてくれるこの一刹那は、俺や妻にとっての白秋なのだと思う。
来年の暮れもこのメンバーで年を越せることを強く願っている。





























