今回の台湾猫旅で歩いた散歩本体の距離は103.7kmで、旅程の長さ、見つけた猫の数とともに歩行距離も過去最高になった。最近はテレワークが多く、一日中炬燵から出ないことさえあった割によく動いた方だと思うが、やはり5日目ぐらいになると膝や腰が悲鳴を上げ始めて、足の裏の皮が剥けたり水膨れができたりもした。体調そのものはとても良くて、最近には珍しくビールで喉を潤す夜もあったくらいだが、片方向の散歩となると重いリュックを背負わざるを得ず、特に4日目の澎湖と6日目の那瑪夏は体力の限界で尻すぼみになってしまった。澎湖はリーフラグーンの美しい海が特徴だが、その実体は火山から生成された硬い玄武岩なので高い木が生えない。そこへ持ってきて北回帰線が近いため日陰が少なく、涼しい場所を見つけて休むということができないのである。白沙郷や湖西郷といった田舎では夥しい数の猫を見かけたが、高い建物もないので常に日差しに晒され、途中からは猫を見つけるよりも早く空港に辿り着きたいとしか思わなくなった。両腕は夏休みの小学生のように真っ赤に焼け、帰国して1週間経った今はそれが真っ黒になって皮が剥けている。6日目の那瑪夏は単に体力の限界で、散歩の途中で立ち寄った那瑪夏神社の標高が予想外に高く、急な坂道や長い階段にやられて、猫を構う時にリュックを背負ったまましゃがむことが辛くなった。下ろせば済む話なのだが、台湾ってまあまあ地面が汚いのよ……。
しかしそれらはまだ先の話。台湾猫旅の初日(3月22日)は、散歩をスタートする前に七堵駅のコインロッカーにリュックを預けてあり、夕方の投宿前に取り出すことにしているので足取りは軽い。この日2回目の散歩は八堵から暖暖までの6.3km。最初に立ち寄った八堵路は行き止まりの急坂だったが、駅向こうは巾着田のような環流丘陵の先端でほぼ平らにならされており、川べりには小さな住宅街が形成されている。八堵駅は縦貫線と宜蘭線が分岐する大きな駅で、何条もの線路で周囲と隔てられているため、川べりに住む猫や人々は孤立しているように見える。

それでなくとも人通りの少ない場所。懐からいいものが出てこないかと、期待を込めて見つめている。

黒白と別れて先へ進むが、引き止めるかのように鳴いているのが気になって、元来た方を振り向くともう1匹いた。

というかここ、ほかにも5〜6匹いたけど、近寄る素振りを見せただけで逃げてしまってダメ。この子はぎりぎりのところで持ち堪えた。

俺の様子を不審に思ったらしい地元のおっさんが近寄ってきたが、猫を構っていることが分かるとにこにこして元来た方を指差す。どうやらさっきの場所ならもっとたくさんいると言っているらしかったが、あいにくそこはすでに逃げられちゃって誰もいないのだった。台湾で猫散歩していると、こういう親切な人に遭遇することがしばしばある。

線路向こうの住宅地を抜け、台5線と呼ばれる省道に出て、今回の旅行で何度か目の基隆河を渡る。夥しい数の支流を持つこの川は、台北から東への旅で避けて通ることはできず、このあと何度も繰り返し渡ることになる。川べりの集落に猫が多いのは日本も台湾も同じらしく、片側2車線の大きな道路でも間断なく見つかる。

目もとは痛々しいけど、食べるものには困っていない感じの体格。誰かが運んでくれるんだね。

しかし、黒は無常に逃亡。取り残されたキジ白は事態を飲み込めない顔つき。

台湾によく見られる赤茶けたキジ色。遺伝だけでなく食餌や体質も疑ってはいるが、いずれにしても同じくらいの割合で赤茶けた黒猫が存在しなければおかしい話で、なぜキジ色だけこうなるのか見当がつかない。首から下だけそうなるのだったら唾液のpHで説明できるんだけどな(黒猫における分かりやすい一例はこちら)。

15時をだいぶ過ぎて、1年ぶりの暖暖媽祖廟に辿り着いてみると、定位置の地上変圧器で猫がお昼寝していた。

同じ黒白でもさすがに去年の子とは間違えない。あの子に会いたかったけど今日は不在のようだねえ。

この子も何となく初めてじゃないような気がしていて、帰宅してから調べたら一昨年の3月にも会っていた。お腹回りがおめでたっぽいけど、暖かい台湾でも子猫シーズンってあるのかしら。

一昨年メンバーがもう1匹、坂の上から下りてきた。

マンションの敷地でとぐろを巻く猫グループを目前に、立ちすくんでしまった。引き続き暖暖散歩の紹介となる次回は、さらなる一昨年メンバーと再会する。





























