マコちゃんの右前足の出来物の件、先々週から2週間に渡って抗生物質を飲ませたところ、受診前を10だとしたら2~3ぐらいのレベルまで小さくなった。昨日、仕事を抜け出してかかりつけの動物病院に診てもらい、病変がもっと小さくなるまでもう少し飲み続けてみましょうとのことで、さらに15日分の抗生物質と抗ヒスタミン剤を処方してもらって帰ってきた。抗ヒスタミン剤は触診で見つかったノミ刺されと思しき傷に対応するもので、直接的な目的は痒みを抑えることだが、それに加えてCHOPプロトコルの副作用で起きた皮膚の黒ずみや角質化が改善される可能性もあるとのこと。機序はよく分からないが、こちらはおまけ程度の効果と考えた方がいいようだ。最近のマコちゃんは毎朝2階の寝室まで起こしに来るし、鳴き声にも張りがあって体調は悪くなさそう。歩行時などに時々ふらつくことがあり、痛みが原因だとしたら可哀想なので、サチコの時と同様にいずれソレンシアで改善するか試すことにしている。基底細胞癌の病変は以前と変わらず長径8mm前後に留まっており、現時点では様子見で行く方針に変わりない。
猫の方は前回に続き、台湾猫旅2日目(3月23日)の朝、瑞芳散歩の後半から。瑞芳駅は九份や金瓜石観光の玄関口にもなっている南側の前站のほか、観光客があまり行かない北側の後站があり、この日は南側の宿泊先から反時計回りに後站へ向かうルートで歩いている。前站と後站は駅構内の地下通路で結ばれているが、今回は三爪子坑路から基隆河を渡り、台2丁線(省道)の瑞芳隧道をくぐって岳王路に出た。こちら側は平地が少ない分だけ街の規模が小さく、現在は観光客の呼び込みに苦労しているようだが、かつては複数の炭鉱があって、街なかを手押しの石炭台車がせわしなく行き来していた。瑞芳高級工業職業学校の建つ場所には瑞芳神社があったので、日本統治時代は参拝者で賑わっていたものと思われる。
ねえ、駐車場の猫たち、聞いてるかい?

瑞芳駅の後站には瑞芳神社の石灯籠が保存されている。神社自体は瑞芳高級工業職業学校の拡張工事に伴い解体されたと説明看板に書かれていたが、恐らくそれは表向きの理由で、他の多くの神社と同様に、日華断交の際に破壊されたものと思う。現在残っているのはこの石灯籠と、明燈路の瑞芳龍巌宮に保管されている1対の狛犬だけとのこと。写真の彼方に写っている猫も日本時代の末裔かも知れないけれどね。

向きを変えて逃走を図る黒白。怪しい者じゃないから行かないで!

一度は道路向かいに隠れたが、説得の甲斐あって戻ってきた。相手が猫でも話せば分かる。

観光客で賑わう前站に比べると後站は人通りが少なくて淋しいが、瑞芳駅構内は後站寄りに平溪線・深澳線ホームがあっていつも観光客で混雑している。この日は平日にもかかわらず春休み中の日本人学生と思しき乗客が多く、呑気にタブレット交換を眺めていた俺は座席争奪戦に敗れてしまった。「移動しながら休む」スタイルの猫旅でこれは痛いミスだが、観光客の大部分は途中の十分で降りるので、その先の何駅かは座って過ごせるはずだ。天灯上げなら平溪や菁桐でもできるのに、十分だけに人気が偏っている理由については、色々考えてみたもののよく分からない。近くに十分瀑布という景勝地があるそうだが、滝を見たいという学生がそう多いとは思えないし、基隆河の渓谷は墜落した天灯の残骸が散乱していてげんなりする。菁桐などは列車の編成数を増やす提案に沿線住民が反対したというから、そもそも観光客の誘致に積極的ではないのかも知れない。
ちなみにあまのじゃくな俺が降り立ったのは、十分でも平溪でもなく、嶺腳という小さな無人駅。ここから終点の菁桐まで猫を探しながら2駅歩くのがこの日2回目の散歩だ。ご多分に漏れず、嶺腳駅の周囲にもかつていくつかの炭鉱があり、積み出し拠点としてホッパーを備え、手押し台車の線路が敷かれていたそうだが、現在その痕跡はほとんど残っていない。カメラを向ける対象は猫ぐらいのものだ。

まだ若そうな赤毛のキジトラ。小さな集落でも人が住むところには猫もいるもの。

耕作を放棄しているのかいないのかよく分からない平場の向こうに猫発見。

民家の軒先を経由して逃げられてはあとを追えない。離れた場所から指を咥えて眺めるのみ。

私は通りすがりの旅の者ですから、どうぞ気にせず続けてくださいな。

ぱっと見、キジトラのようだけど、前足の先っぽにレッドが見えるので麦わらだね。艶めかしいところをもう少し撮っておこうか。

手押し台車の線路跡を辿りながら嶺腳駅に戻ったのは11時すぎ。このあともしばらく台車道と呼ばれる路地を基隆河に沿って歩き、次回はいよいよ見知った猫たちの暮らす菁桐に到達する。





























