台湾の山から海から・その7(嶺腳〜菁桐)


新北市の猫

 台湾へ行くようになるまで俺は「腳」という字を知らなかったが、台湾グルメが好きな人は、料理屋で滷豬腳とか豬腳飯とかいうメニューを注文したことがあるかも知れない。豬腳すなわち豚足。「腳」というのは「脚」と異体字の関係にあり、繁体字であり、正字でもあるという由緒正しい漢字なのである。日本で「腳」という字に馴染がない理由は、明治以前から「脚」が俗字として広く一般に使われていたからだ。なので1946年に当用漢字表が制定された時、多くの漢字が旧字体から新字体に簡略化されたのを横目に、「脚」は俗字がそのまま新字体に採用された。これに似た由来を持つ漢字に「貓」があり、俺は長いことこの字を1946年以前に使われていた旧字体と思い込んでいたが、「腳」と同様に「貓」も繁体字であり正字。一方の「猫」は俗字で、「貓」と「猫」は異体字の関係にある。歌川国芳の「猫飼好五十三疋」が俗字で表記されていることは知られていると思うが、平安時代中期に編纂された本草和名(薬物辞典)にもすでに猫や狸が俗字で書かれており、当時のインテリでさえ画数の多い正字を書くのは面倒臭かったのだろうと想像できる。
 そんなわけで台湾猫旅2日目、平溪線の嶺腳駅をあとにして菁桐へ向けて歩き出したのは11時すぎ。嶺腳駅の北側に石炭運搬の手押し台車軌道が通っていたことは古い地図で確認できるが、基隆河に沿って南西に延びる「台車道」という細い道もその一つだっかのか、いくら調べても資料が見つからない。いかにもという感じでまっすぐに延びる路地のどこかに痕跡が残っていないかと、目を皿のようにして歩いていると、不審な他所者を訝しむように猫がこちらを見つめていた。
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 あら、不審者なのに転がっちゃって大丈夫?
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「お土産を持ってくる人はみんな味方!」
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 隻眼の三毛はとても人懐っこいが、ここに線路があったかどうかまでは聞き出せなかった。ちなみに今回の猫旅で初めての三毛。
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 平溪線の線路端に出てしばらく歩くと徐々に標高が上がり、瀝青あるいは柏油と呼ばれるアスファルト塗料が塗られた黒い民家が眼下に並ぶと、お昼寝中の猫が見えてきた。やっぱりこの辺も雨が多いんだな。
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「嗯?(ん?)」
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 バレた以上は仕方がない。大人しくモデルになってもらおうか。
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 クラシックタビーの毛並みがきれいな子。近所の飼い猫かな。
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 嶺腳からちょうど1時間で菁桐老街に辿り着き、早速の再会シーンはこれまたクラシックタビー。まるでずっとそこで待っていたかのように、1年前と同じ場所に佇んでいた。
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 さっきと同じbrown classic tabbyだけど、たぶんこちらはいわゆる一つのアメリカンショートヘアというやつであろうな。
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「足元でも可愛らしいのが転がっているから見て見て!」
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 ごろんごろん。
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 激しくアピールする黒白をあしらいつつ、アメショーをもう1枚。再会できてとても嬉しい。
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 さ、君の番だからポーズしてくださいな。
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 去年は1匹の猫にも会うことなく空振りだった線路端に黒いのがいた。あれはもしかして……、
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 やっぱり屁孩ピーハイ! 元気にしてたかー。
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 一昨年3月以来の2年ぶりだから、さすがに覚えていないかな。あの時はずいぶん懐いてくれたんだけどな。
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 そこへ黒いのがもう1匹乱入。君は初めてだね!
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 2匹の黒は線路を行き来してあちこち嗅ぎ回っている。俺もこの隙にお昼ご飯にしようかな。
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 菁桐でいちばん気になっていたのは小貴妃の消息だが、あとになって面倒を見ている人からFacebookのMessengerで連絡があり、去年8月下旬を最後に姿を見せなくなったのことだった。ここにはほかにもたくさんの猫が暮らしていて、俺自身も名前を知っているのが何匹もいたが、どういうわけかこの日会えたのは黒が3匹のみ。豆豆龍トトロ小花シャオホワ胖胖ハンハンといったお馴染さんは軒並み見当たらなかった。何か事情があるのかも知れないが、あまり根掘り葉掘り聞くのも気が引けて、小貴妃のこと以外は結局分からずじまい。なお、手前に座っている方の黒は今回が初めての十月シーユエちゃん。動画はこちら
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 残り1匹は警戒心が強くてまるでダメ。次の散歩地へ向かうバスの発車までまだ1時間近くあるので、手持ち無沙汰になった俺はもう少し老街を歩いてみることにした。いつもは線路端ばかり注目しているけど、本来ここら一帯は猫の巣窟であり、丁寧に探せばほかにも見つけられるかも知れない。そしてまた、外国にあっても止められない時の流れを身に沁みて感じてもいた。初めて小貴妃に会ったのは2018年3月の雨の日で、それから8年の間にたった4回しか会えずに手の届かないところへ行ってしまった。遠いところに知り合いなんて作るものじゃないと思いながら、人通りのまばらな路地を元来た方へ戻り始めた(続く)。
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