東衛派出所バス停を定時で発車したバスはギンネムの潅木に覆われた大地をすっ飛ばし、わずか8分で次の散歩地である湖西郷西溪村に到着した。台湾でバスに乗る時は念のため運転士に行き先を確認するようにしているが、西溪は台湾華語の発音でシーシー(xīxī)なので簡単明瞭。「あ゙?」とやられて凹むこともない。
東衛のファミマで30分ほど休憩したのちバスに乗り、西溪バス停から澎湖最後の散歩をスタートしたのは12時半ちょうど。車窓からは成功水庫と呼ばれるダムが見えたが、堤体の向こう側がダム湖なので貯水率は分からない。硬い玄武岩質の澎湖諸島は含水性が悪いような気がするし、水源確保にはさぞかし苦労しているのだろうと思っていたが、今は水道水供給の7割を海水淡水化プラントが担っているのだそう。淡水化に必要な電力は、2021年に開通した「台灣〜澎湖161kV電纜」と呼ばれる海底ケーブルで台湾本島から送られており、加えて冬の猛烈な季節風による風力発電もその一翼を担っている。かつては風力のような不安定な発電方法は出力の調整が困難だったそうだが、海底ケーブルが開通したお陰で、余った電力を台湾本島で消費することも可能になった。そうなると澎湖県の水道代はさぞかし高いのだろうと想像するが、さにあらず、台湾の水道は国営企業の台灣自來水公司がほぼ全域を維持管理しており、水道料金は全国一律で、世界でも3番目に安い水準とされているのだそう。ちなみに東京都水道局(東京23区)で1ヶ月30m³使った時の水道料金は3,020円。安くて美味しい俺たちの昭島市水道部でも2,340円かかるが、対する台灣自來水公司は298元だそうで、今の超絶円安レートでも1,500円ぐらいだから確かに安い。ただこれはもちろん利用者が支払う料金の話で、澎湖で水道水を作るにはその5〜6倍のコストがかかっており、差額は税金で埋めているわけだから、民間のリゾートホテルなどが湯水のように使えば不満も出てくる。こうした事例は沖縄県の竹富島でも似たような話を聞いたことがあり、いずれ大口径の水道管に割増料金をかけるなどの対応がなされていくものと思われる。あと、台湾の水道料金は確かに安いが、蛇口からそのまま飲めないとされていることには注意が必要。料金だけで言ったら世界最安値はマカオやムンバイらしいが、あのマカオでさえ蛇口からは飲めないそうだし、ムンバイに至っては浄水しようが煮沸しようが飲みたくない。
話が逸れてしまったので、まずは1匹目の西溪猫を。

猫には充分な日陰でも人間には狭い。気温は26℃ほどだが離島ということもあって湿度が高く、ファミマで30分とバスで8分休んだだけでは足りないかも。

西溪村は中屯村よりもほんの少し大きな集落で、3階建てぐらいの民家もぼちぼちある。こちらの猫もマーメイド的な姿態で日陰に隠れている。

今日は6月23日で、一昨日は夏至だった。北回帰線にごく近く、日陰のなくなった街なかで、この子たちはどのように過ごしているのだろうと今になって思い出す。

茶トラ白の道路向かいにも猫がいた。夏至になったらこんな隙間も日差しに照らされるんだものなあ。

西溪村の北には入り江に面した紅羅村があって、そこがこの散歩の折り返し点。干潮だったせいか海面は干潟のようになっていて見るべきものもなく、棒のようになった足を引きずって集落に戻ると道端の猫がこちらを振り向いていた。ちなみに猫の隣にあるのは河川ではなく「紅羅2號排水路」と呼ばれる水路。

「今の澎湖県には河川に分類されるものが一つもないんだけど、地名からも分かるように、かつてこの村には西溪という県内唯一の川が流れていたんだ。僕の背中にあるのがまさにそれで、昔は一年を通して水が涸れなかったんだけど、今は利水・治水事業で紅羅2號排水路という呼び名に変わっちゃったの。排水といっても下水じゃなくて、大雨が降ったら洪水を防ぐために水を逃がすのが主な役目で、逆に渇水の時は水路を閉じて、わずかな雨水もダムに流す攔河堰という仕組みを持つ排水路もあるんだよ。普段は干上がってることが多いけど、この辺りは海水が逆流してくるので川っぽく見えるでしょ?」

……などとキジ白の講義を聞いていると、傍らから似た毛色のが近寄ってきた。

「離島で暮らす私たちにとって、お水はとっても大切なものですからね」

時計は13時を回り、飛行機の出発まであと2時間40分。もともと15:20発だったのがフライト変更で20分遅くなっており、遅れた分だけ散歩時間に余裕はできるが、嘉義に着いてから日没までの時間が短くなるので、どちらがいいとは言えない。少なくとも今は切実に休憩したい気持ちが強く、日陰や売店を探しながら歩いているが、見つかるのは猫ばかりでどちらもこの村には見当たらない。

まだ若そうだけど、あの目つきは懐いてもらえる気がしない……。

他所者が珍しいのかわらわらと出てくる。茂みからも鳴き声が聞こえてくる。

西溪散歩はサビを最後にギブアップ。重いリュックを背負って4km離れた空港へ向かった。
澎湖の郊外に高い建物が少ないのは単に田舎だからだが、高い木が生えないのは必ずしも地質のせいだけではないようだ。野原という野原は丸裸の潅木で覆われていて、あとになって調べてみると、それらはギンネムというマメ科の植物で、日本統治時代から国民党時代にかけて持ち込まれた外来種なのだそう。澎湖に高い木が生えにくいのは事実で、日本の統治が始まって人口が増えてくると深刻な燃料不足に見舞われ、その対策として乾燥や塩害に強く成長の早いギンネムが導入された。ところがこの植物には根から有毒物質を分泌する性質があって、ほかの植物の成長を阻害してしまい、瞬く間に在来種を駆逐してギンネムだらけの藪ができたというわけ。
空港へ辿り着くまでの間、だだっ広い郷道(村道)とギンネムのお陰で日差しに苛まれることにはなったが、台湾のほかの田舎と違ったのは野犬や野良犬を見なかったことだ。俺が今までに訪れた台湾の離島の中で断トツに多かったのは蘭嶼だったが、その気さえあればむしろ離島の方が管理しやすいわけで、澎湖というのはそういう面でも進んだ土地なのだなあと感心した。西溪から空港までの写真はこちら。
3月25日15:40、立榮航空8662便は定刻通り嘉義へ向けて飛び立った。澎湖では猫を探すばかりでほかのことは何もしなかったが、いずれまた「普通の観光客」として訪れたい。調べれば調べるほど見どころがあって、もし日本からの直行便があれば、澎湖空港を入出国の拠点にしたいくらいだった(続く)。



























