夏休み中は雨がちな天気で外出もままならず、先日の猫実散歩が唯一になってしまって不完全燃焼だった。小田原にも行くつもりで天気予報と睨めっこしていたが、新横浜〜小田原の新幹線特定特急券(860円)に見合うような空模様にはならず、今行けないとなると実現するのは早くても冬になってからだと思う。最終日の今日になってようやく天気予報から雨マークが消えたものの、満を持して出かけた散歩は猫影薄く、せっかく見つけたのも逃げられたり撮影不能だったりして冴えない結果だった。道中いくつかの進展というか心に留めおく出来事があったので、先に紹介しておく。
一つ目は、元電器屋の主人に看板猫のカレンダーを渡せたこと。話したこともない人だが、あの猫を可愛がっていることは傍で見ていても伝わってきて、何かの形で写真をプレゼントしたいとかねがね思っていた。なぜなら自分がそういうことをされたら嬉しいからだ。郵便受けに放り込むのではなく、できれば直接手渡したいと思っていたので、たまたま庭に出ていたところに出くわしたのはラッキーだった。「一日一猫の人?」と返されるとは予想だにしておらず、もしかしたら俺は自分が思っている以上に有名なのかも知れない。なお肝腎の看板猫はしばらく見ていないが、今も時々ベランダの欄干で下界を眺めているとのこと。
もう一つは学校裏の息子の死亡を確認したこと。2月下旬の散歩で3ヶ月ぶりに見かけた時、ずいぶん痩せていて病的なものを感じていたが、やはり体調を崩していたらしく、その翌月、面倒を見ていた家の人に看取られて旅立ったとのこと。俺が「学校裏の猫アパート」と呼んでいる3階建ての木造アパートで猫の家族に出会ったのは2012年11月で、息子はまだ生後数ヶ月の子猫だった。2016年の秋ごろに一人立ちして学校の向こう側へねぐらを変えたが、その間に母や兄妹はみんないなくなってしまい、息子自身も直線距離で150m離れた生まれ故郷に戻ることは二度となかった。生涯懐いてはもらえなかったが、個性的な顔立ちの印象深い猫だった。
今日の散歩でカメラに収まった猫は4匹。コースとしては谷保から西国立だが、例によってあっちふらふらこっちふらふらして16.5kmほど自転車を漕いだ。谷保で見かけた黒は一瞬で逃げたが、あれはたぶん2軒離れた家の子だと思う。

猫って縄張り巡回中はとても緊張しているので、見知った顔でも普段とはまったく違う反応をすることが多い。

緑道のゴメン顔が去年9月に死亡し、相方の黒が淋しがっているだろうと思って覗いてみたものの不在で、代わりにこの子がご飯を待っていたという次第。いたとしてもいつも敷地の奥なので写真を撮ったことはなかったが、今日はたまたま隣が空き地になっていたので近寄れた。

細い路地で見かけた黒。クーちゃんかと思ったら別猫だった。

地面に下りているところを久しぶりに見た。呼ぶと小さく鳴くので脈はあるのかも知れないが、この15年で触れたことは一度もない。

ここのところ大きな発作はほとんどなくなり、相変わらず体重も増えているが、かといって回復しているようにも見えない。対症療法というのは水で空腹を満たすようなもので、心持ちの座りが悪くて落ち着かないものだ。





















