4月から4ヶ月半にわたって連載してきた2026年台湾猫旅レポートはようやく最終回を迎えた(前回の記事はこちら)。
予定上の帰国日となった猫旅7日目(3月28日)、早朝の玉里に始まって昼下がりの寒溪に立ち寄り、現在は最後の散歩地である羅東を歩き始めて30分が経過しているが、本題に入る前にここでこれまでの猫記録を紹介しておく。3月25日(猫旅4日目)までは記事の最後に書くようにしていたが、文章構成が面倒になって途中からやめていた。
3月26日(猫旅5日目)は嘉義市西区で12匹、東区で2匹、高雄市甲仙区で9匹の計23匹。3月27日(猫旅6日目)は高雄市那瑪夏区で13匹、三民区で3匹、屏東県枋寮郷で2匹の計18匹。予定上の帰国日である3月28日(猫旅7日目)は花蓮県玉里鎮で13匹、宜蘭県大同郷で3匹、羅東鎮で6匹の計22匹。そしてこの記事の後半で経緯を紹介する予定外の3月29日(猫旅8日目)は台北市信義区で3匹の猫に会い、帰国までの9日間の合計は228匹。一度の旅行で会った猫の数としては過去最高となった。
さて、本題の羅東猫は残りわずか。パイプ車庫の上で毛繕い中の茶トラ白はこの街の3匹目。

後ろ足を上げたまま固まっている。どうぞ気にせず続けてくださいな。

「続けるったって、カメラなんか向けられたら落ち着いてできないよ」

台湾は歩道の整備されていない道路が多く、駐車車両も多いので猫は人目につきにくい。河原の石をひっくり返せば蟹がいるように、車をひっくり返せば猫がいる。

こちらが猫好きと分かったのか、表情が柔らかくなった。いい子だねー、おいでー。

何とか親睦を深めようと頑張ってみたものの、触るまでは無理だった。クラシックタビーなのでマコちゃんと同じ毛色だね。

こんなのを見つけるくらいだから、いかに目を皿のようにして探しているか分かるでしょ?

正面に回ってみた。事態が飲み込めないうちにちゃっちゃっと撮って逃亡。

散歩を終えて羅東駅に辿り着いたのは14:50。渇いた喉を潤そうと駅前のコンビニに立ち寄ると、カウンターの猫店員が応対してくれた。これこそ台湾の醍醐味!

猫店員はあまり動かないので、ニンゲンの店員に会計をお願いして、最後にお礼を言って店を出た。

3月22日に台北市内の七堵から始まった長い長い台湾猫旅がようやく終わり、あとは妻とマコちゃんの待つ日本へ帰国するだけとなった。羅東からは15:16発の普悠瑪号で松山へ。そこからさらに台北捷運に乗り換えて、台北松山空港・国際線ターミナルに到着したのは17:10だった。中華航空222便の出発は18:25だから一般的な感覚ではだいぶ遅いのかも知れないが、預ける荷物はないしオンラインチェックインも事前に済ませてある。常に混雑している桃園国際空港と違って、利用者の少ない台北松山空港はのんびりやっても10分もあれば出国できる。台湾の猫たちとの数え切れない思い出を胸に、名残惜しい気持ちを振り切るようにして出境ゲートへ向かった。
ところが、あるべき場所にパスポートがない。肩から下げたカメラバッグのポケットを手で探っても、あの滑らかな表紙が手に触れない。海外滞在中のパスポート収納場所は常にそこと決めているので、そこになければないのである。紛失したと結論づけるまでに3分もかからなかったが、帰れないという現実を受け入れるには5分ぐらいかかった。
この出来事から無事に帰国するまでの道のりは長く、文章量も多くなるので、興味のない人は次のセクションまで飛ばして欲しい(ジャンプ)。どこで落としたにしろ、あと1時間で飛んでいく飛行機に乗ることは不可能だし、チェックイン後のノーショー(バックレ)は航空会社に迷惑をかける。222便に乗る選択肢はなくなったと腹を据え、まず初めに中華航空のカウンターに赴いて搭乗をキャンセルした。カウンターの小姐の憐憫に満ちた表情から、哀願すればワンチャンあるかと思って「無理?」と聞いてみたが、膠もなく「無理」との回答だった。
昨夜遅く、玉里の宿でドミトリー部屋をあてがわれた時、従業員に渡したパスポートを返してもらった記憶がないが、それが本当にそうなのか、疲れていて記憶が飛んでいるだけなのか判然としない。あるいは返してもらったパスポートを枕元にでも置いて、寝ている間に布団に潜ってしまったか。もし宿を除外するとなると、カメラバッグのポケットに手を入れたのは、羅東駅前でタクシーに乗った時だけだと思う。運転手に行き先を伝えるため、筆談用のメモ帳とボールペンを取り出している。
台湾猫旅では音声つきSIMを利用しているので携帯電話回線が使える。玉里の宿に電話して「I lost my passport, perhaps at your hotel」などと拙い英語で聞いてみたものの、perhapsという単語選びが悪かったのか、「没有(ないよ)」と即答。没有は俺が聞き取れる数少ない台湾華語の一つであり、ちったあ調べろと思わないでもなかったが、それを伝える言語能力が俺にはない。あとで調べたらperhapsというのは「自信はないけど、もしかしたら」ぐらいのレベルなのだそうだ。
帰国するための要件をスマホで調べると、大使館(台湾の場合は日本台湾交流協会)で新規パスポートか「帰国のための渡航書」を発行してもらう必要があり、それにはまず「警察か移民署で紛失証明書を発行してもらうべし」と書かれている。ターミナルから徒歩5分ほどの場所にある警察署に赴いて事情を説明すると、警察官がもう一度玉里に電話して確認してくれたが、ここでも宿の返事は「没有」。警察官は「あなたが赴くべき場所は警察署ではなく移民署である」と翻訳アプリを介して俺に言い、ターミナル内にある移民署までパトカーで送り届けてくれた。盗難に遭ったなら警察への届け出も必要だが、単なる紛失の場合は移民署の発行する紛失証明書があればいいとのことだった。移民署では証明写真が必要と言われ、空港内の証明写真機でくたびれ切った顔を撮影し、紛失の日時や詳しい経緯などを聴取されたのち、30分ほどでパスポート紛失証明書(外國護照遺失/尋獲報案紀錄表)が発行された。当面はこの証明書が外国人用身分証明書となり、宿に泊まったりSIMカードを買うなどの際にパスポート代わりとして使うことになる。入国した時に買った7日間用のSIMカードも今夜で有効期限が切れるので、空港内の中華電信でさらに3日間用を買い足して時刻は19時。この日できることはすべてやり終えた。警察も移民署も中華電信も日本語は通じなかったが、台湾ではこれが普通だと思っておいた方がいい。日本統治時代に日本語教育を受けた世代はほぼあの世へ行ったし、街なかで日本語を話す人の多くは商売人か若者で、前者はその方が売り上げに有利だから話すのだし、学生や若い世代は日本や日本の文化に興味があるから学ぶ。しかしこれらは台湾人全体からすればごく一部にすぎないのである。
悪いことにこの日は土曜日で、台北市内の宿はどこも値段が高かった。agodaで見つけた長春路の密都大飯店(Meadow Hotel Taipei)に2泊したが、この日の宿泊料は3,000元(15,000円)で、翌日曜日は半額以下の1,400元(7,000円)というダイナミックな設定だった。古いホテルで部屋には窓もなかったが、日本台湾交流協会からは900mと近く、日本からのFAXを受信してくれたのも助かった。父娘と思しきフロントの二人はとても親切だった。
日本台湾交流協会へ赴くのも週明けを待つことになるが、これは今考えるとむしろそれで良かったと思う。帰国のための渡航書を発行してもらうには、紛失証明書のほかにもう一点、戸籍証明書類(戸籍謄本、戸籍抄本、本籍地の入った住民票のいずれか)が必要で、原本がなければFAXでも良いとされていた。証明書の発行や国際FAXは近所のコンビニでできるとはいえ、機械操作の苦手な妻にそのような作業をしてもらうには時間と根気が必要だった。わざわざそんな手順を踏まなくても、スマホのマイナアプリで「戸籍電子証明書提供用識別符号」という16桁の番号を発行すれば戸籍証明になるのだが、あいにく俺のマイナンバーカードは2月28日で有効期間が切れていた。渡航前に更新の申請をして交付通知書も届いていたのだが、窓口の予約枠に空きがなく、受け取り日を4月10日に設定していたのである。
長々と書いたが、要するにこの週末の俺のミッションは、日曜日(3月29日)のうちに戸籍証明書類をFAXしてもらい、月曜日の朝イチに必要書類一式を持って日本台湾交流協会へ赴く。そして必ずやこの足で祖国の土を踏むのだ!
それはそうと、以下はその日曜日に見かけた猫。窓のないホテルでじっとしているのはなかなか苦痛なので、世界に4つしかない「猫のつく駅」の一つである貓空纜車の貓空駅を見物に行き、その帰り道、台北捷運文湖線の麟光〜六張犁を1駅歩いてみた。

この日は雨がちで暗く、毛色はキジトラだと思うけどよく見えない。二毛のような気もする。

六張犁駅近くの裏路地にて。これはちょっと分からないでしょう。

お休みのところ済みませんね。パスポートはなくしたけど紛失証明書があるから不法滞在じゃありませんよ。

この路地は2019年9月と2023年3月にも歩いたが、残念ながらそれらの猫との再会はならなかった。この子が本当に最後の猫。

ホテルのフロントで日本からのFAXを受信できたことで、日曜日の夕方には必要な書類がすべて揃い、月曜日(3月30日)は満を持して9時前に日本台湾交流協会へ赴いた。結果を先に書くと、申請書類を提出してから2時間ほどで帰国のための渡航書が発行され、そのまま桃園国際空港へ向かい帰国の途についた。申請にあたっては帰国便の便名を申告しなければならないので、渡航書の発行までにかかるおおよその所要時間をネットで調べ、桃園国際空港を15:00に発つエアアジア378便(関西国際空港行き)を事前に予約しておいた。LCCとはいえ直前だったので運賃はAirpaz経由でも13,824元(69,120円)と高く、加えて中華航空222便を放棄しているわけだから涙がちょちょ切れた。「日本国内ならどこでもいいからいちばん安い便(沖縄を除く)」という条件で検索したところ、米子行きのタイガーエア724便が3万円台でヒットしたが、あいにく朝早いフライトで、2番目に出てきたのがエアアジアだった。東京行きはどの便もほぼ満席で、空いていたとしても軽く10万円を超えていた。関空からは特急「はるか」と東海道新幹線「のぞみ」の乗り継ぎで品川へ。南武線を経由して自宅へ帰り着いたのは24:20だった。
最後にもう一つだけ書いておきたいのは、日本台湾交流協会で申請書類を出してから15分ほど経ったころ、椅子に座って待つ俺の元へ係官が来てこう言ったのである。
「玉里の宿泊施設からパスポートが見つかったと連絡がありました」
宿の大哥、俺や警察が電話した時は、ろくに探しもしないで没有つったじゃねえか! このタイミングで出てきたって、午後の飛行機取っちゃってんだから、玉里くんだりまで行けるわけねえだろうが。あの時ちゃんと探してくれれれば昨日のうちに帰れたし、仕事も休まなくて良かったのに!!!
かくして見つかったパスポートは放棄して、そのまま紛失届を受理してもらうことになった。「パスポートを取りに玉里へ行く暇もないくらいすぐに帰国しなければならない切迫した理由」が必要だったが、これはありのまま「可及的速やかに出勤しなければならないため」と申告した。あとになって、どこから出てきたのか宿にメールしてみたものの、応答がなかったので、大方チェックイン時に預かっておいて返し忘れたのだろうと睨んでいる。ただし、パスポートの管理責任は言うまでもなく俺にあるわけだから、たとえそうだったとしても、俺自身がその場で返してもらっていないことに気づかなければならなかった。今回のことで俺は台湾でパスポートをなくした時の対応に詳しいおじさんになったので、次またなくしてももう大丈夫だし、俺と同じような事態に陥った人のためにパーペキなフローチャートも作った(こちら)。
2026年台湾猫旅、これにて終了。



























