再び雨続きの日々に戻った。
本来ならこれからがいい季節なので、休みでも取って少し遠出したいところだが、台風が接近する可能性もあり、キャンセル負荷の高い予約は怖くてなかなかできない。わざわざ遠くへ行かずとも、日常性から脱出できればそれが旅だとは思うものの、朝発って夜帰ってくるのでは現実世界が背中に貼りついているような気がして気が休まらない。今は近場のお馴染さんを訪ねて回る時だと思っているが、それさえ天候不順でままならない昨今、ローテーションに時間がかかってしまって、行きたいところが溜まっていく一方だ。
そんな中でようやく漕ぎつけたのが日曜日の拝島・福生散歩。拝島から福生へは多摩川のある青梅線の西側を通り、福生から拝島へは国道16号や米軍基地のある東側を通るという壮大なルートだ。一昔前なら連載5回分ぐらいの猫に会えたエリアだが、最近はずいぶん淋しくなってこの記事が2回連載の2回目。橋の下で暮らす身重のサバ白たちと別れたあと、次に出会ったのは緑地帯のキジ白だった。

激しく鳴いておる。特段親しくはないし、朝ご飯も済んでいるはずだけどな。

大白斑のキジ白は長いことここで暮らしている。相方の茶トラは隣の市民プールにいて、呼んでみたけどその場を動かなかった。

このコースを通るなら踊り子さんと福サビ1号の消息も確認したいところだが、この日も面倒を見ていた人に会うことは叶わず。久しぶりに新顔を見かけたのは収穫だったけれども。

態度を決めかねて尻尾をぶん回しておる。性格的にはマコちゃんに似ているかも。

定点の猫拠点に到達したのはスタートから2時間20分後の9:50。いつものクリーム白は不在らしく、キジトラだけがワイパーに挟まっていた。

鳴いて近寄ってきた! 前回からあまり間を空けずに訪ねたのが良かったかな。

同じキジトラでもさっきの子とはずいぶん印象が違う。猫の個性も色々だなあ。

いつもの団地に猫の姿がなく、今日は空振りかなと思って先へ進んでいると、道路向かいの公園で休んでいた。

カメラのレンズが苦手なので、こうして視線をもらうのはなかなかムズカシイ。今日は美人に撮れたかな。

急に地面に飛び降りたので、何かと思って見たら、クロアナバチがバッタを巣穴に引きずり込んでいるところだった。この子は割と高齢だと思うんだけど、こういうものに目ざといのはさすが外猫。

大回りのルートをぐるっと巡って拝島に戻り、再度キジ白4号と鼻黒のねぐらを訪ねてみたものの、やはり不在。どこかで寝てやしないかと思って近所を一回りしていると……、

君だったかー。朝にも会ったけど、明るくなって瞳孔が縮むと印象が変わるね。

最後に通りかかったのは拝島駅をスタートして最初に猫を見かけた家。あれはさっきのとは別猫だね。

やっぱりこの辺りはキジ白が多い。今もどこかにそういう血筋の猫ファミリーが暮らしているのかも知れないな。

前回の記事は「キジ白3号を偲ぶ散歩」というタイトルにしたが、去年9月は緑道のゴメン顔が死亡した時期でもある。親しい子だったので思い出に浸りたい気持ちはあるが、緑道にはちょうど1ヶ月前の8月16日にも赴いており、命日の9月11日に合わせて訪問することはしなかった。そもそも天気が悪かったこともあるが、あの子はサチコと同じ慈恵院の合同供養塔に入っているので、いつでも花束と線香持参でお参りできる。去年は親しい猫の訃報が多く、1月にはエビ子も姿を消しているが、今となっては誰かが亡骸を見つけて弔ってくれていることを願うことしかできない。
人間というのは死の概念を持っているが、自分が死ぬのを今か今かと意識していたのではおっかなくてやっていられないので、普段は「自分だけは大丈夫」という正常性バイアスでメンタルを守っている。他者の死を目の当たりにすると、単に悲しいだけでなく、それがいずれ自分にも訪れるという現実に直面するので、多くの人は死を殊更に忌み嫌うのではないだろうか。
しかし逆に考えると、人間はいざとなれば自ら死んで苦痛から逃れることのできる唯一の生き物でもある。動物の場合、どんなに痛かったり苦しかったりしても自分では死ねないし、一思いにやってくれと懇願することもできない。俺はこの2年ほどの間にサチコを看取り、マコちゃんの抗癌剤治療から緩和ケアをする段階に至って、動物には「死ねない不幸」というものが存在すると考えるようになった。























