今日はこれから今年最後の仕事だ。たぶん暇なのでほぼ寝て過ごすはずだが、トラブルが発生すればその限りではない。この業種は帰り間際になるまで本当にその時間に帰れるのか分からないから、友達と約束して遊びに行くなどということがとてもしにくい。相手が女の子で、用件がデートともなれば、怒らせてしまうことは必至で、若い時にこんな仕事じゃなくて本当に良かったと思う。俺がIT業界に首を突っ込んだのは35歳以降のことで、それより前は、むしろ関わることを避けていた。SEの癖にカナ入力なのも、そうした出自の名残だ。
さて、唐突に黒いごろーんから始まった今日の猫は、25日に出会った子たち。この日は北海道から上京してくる元妻を迎えに行くため、京急の六郷土手からモノレールの昭和島まで歩き、そのあと羽田空港に向かうというコース。スタートが川崎や蒲田ではなく、六郷土手という中途半端な駅なのは、その付近に会いたい猫がいたからだが、あいにくそこには猫一匹おらず、偶然迷い込んだ路地で数匹の猫に遭遇したのだった。
こちらの黒はまだ子供のようだ。それぞれ1ショットずつなのは、とっとと逃げられたからに他ならない。
黒い2匹に誘われて路地を少し進むと、ボンネットの上で寛いでいるのがいた。ここが拠点なのかな。
車の下に潜ってしまった麦わらを目で追うと、さらに黒いのがいた。
この日、天気は悪くなかったが、空にはやや雲がかかっていて、明るくなったり暗くなったりを繰り返している。猫の巣窟たる大田区で気合いを入れすぎると収拾がつかなくなるため、あまりきょろきょろせずに歩いているが、それでも時々こういうのが目に入ってくる。次の猫は灰色だ。
見ているだけで動かない。口元の被毛が白んでいればタビーと分かるが、そうではないからたぶんソリッドのブルー。
カメラを構えて近寄ったら駆け寄ってきて、にゃあにゃあの連呼が始まった。黒白お婆ちゃんかな。
すごく鳴いてる……。あいにく美味しいものは持っていないんだよ。
口元の色斑のせいか、それとも口吻の形状のせいか、口角が上がって上機嫌に見える。指の匂いで挨拶することに成功した。
かつて住んだことのある下町に差しかかると、土地鑑があるぶん猫影が多く目に入ってくる。道端に1匹のキジ白が佇立していた。
愛嬌のある顔立ちの子。こちらに興味津々のようだけど、カメラは苦手だったらしく、この1枚を撮った直後にアパートの通路へ逃げてしまった。
この辺りが猫路地だということは住んでいたころから知っていて、この日もこうして訪れたわけだが、冬の日差しは日陰を作るのが早く、そうした日陰はおしなべて寒く、思ったほどは出ていない。
若いころの短い期間、茶トラ白が顔を出した上の部屋に住んでいたことがある。当時は音楽活動に打ち込んでいて、割と充実した生活を送っていたが、とある出来事をきっかけに東北へ引っ越すことになり、俺の中で「失われた10年」と呼ぶべき期間が始まることになった。その当時から猫はいたが、顔ぶれは当然変わっているし、引っ越し先で世話になった街が津波に洗われることになろうとは、想像すらしていない。ただ、そうした過去が土台になって現在があるわけで、その10年がなければその後の出会いもなかった。過去というのは苦い薬のようだ。