猫を訪ねて日台ハシゴ旅13(西螺〜枋寮)


枋寮郷の猫

 三珍醤油の店番に会ったのは2018年11月のことだった。店先に置かれた甕の横で「買っておくれ」と訴えるように鳴く茶トラ白の姿が脳裏から離れず、その後も何とか台湾猫旅の旅程に組み込むべく試行錯誤したが、鉄道のない西螺の街に立ち寄る機会はなかなか訪れなかった。2019年9月にはようやく実現寸前まで行ったが、激しい偏頭痛のため西螺まであと20kmというところでギブアップ。乗り換え地点の溪湖轉運站バスターミナルでしばらく休んで何とか動けるまで回復したものの、最後の力を振り絞って乗ったバスが逆方向で敢えなく撃沈したことは記憶に新しい。
 これまでの二度に渡る西螺散歩はいずれも滞在時間が短く、初めて訪れた2018年1月の正味の散歩時間はわずか40分、二度目の同年11月も50分に過ぎず、三珍醤油の件がなかったとしても心残りではあった。とりわけこの街の延平老街に残された日本統治時代の建築物は目を見張るものがあるし、あわよくばそこに佇む猫の姿を記録に残せたらもっといい。そこで今回は猫旅4日目(3月22日)の朝一番の散歩地として旅程に組み入れ、2時間以上の滞在時間を確保していた。結果的には白沙屯媽祖進香の影響で宿が取れず訪問順は最後になったが、西螺を大切に考えていたことに変わりはない。猫散歩において最も成果が期待できるのは朝一番で、その次が夕方だからだ。
 甘くて美味しい台湾バナナを頬張りつつ、台西客運9016路に揺られること70分で懐かしの西螺に到着。最初の猫は道端の目立たないところでお昼寝中だった。時刻は15時ちょうどで、薄明薄暮性の猫が活動を開始するにはまだ早い。
西螺鎮の猫

西螺鎮の猫

 三珍醤油の茶トラ白もずっと店の前に張り付いてるわけじゃないだろうし、離れた場所でも茶系の猫には要注意だな。
西螺鎮の猫

「いったい何の話です?」
西螺鎮の猫

 次の猫も茶色っぽい。こちらに気づいて鳴いている。
西螺鎮の猫

 尻尾ぴーん。これは確実に人懐っこい子!
西螺鎮の猫

 ……と思ったけど、フレンドリーだったのはここまで。カメラを極端に嫌がる子で、このあとどう頑張っても振り向いてもらうことはできなかった。
西螺鎮の猫

 車庫の前で三毛ちゃんが寛いでいた。
西螺鎮の猫

西螺鎮の猫

 とててて。
西螺鎮の猫

 駆け寄ってきてたくさんすりすりしてくれた。今回の猫旅は三毛にモテがちで嬉しい。
西螺鎮の猫

 今日はこのあと西螺から遠く離れた台東県太麻里郷へ向かうことになっている。太麻里着の最終列車は23:27というのがあるが、さすがにそれだと体力的にキツいし、駅まで迎えに来てくれるという宿の人にも迷惑がかかるので、その1本前となる太麻里22:05着の385次自強号に乗ることにしている。逆算すると最寄り駅の雲林からは17:41発の高鉄に乗ることになるが、この時間帯に西螺から高鉄雲林駅へ向かうバスはなく、とはいえこの区間は絶対に遅れられないケツカッチンなので、ここで初めてiPhoneにインストールしておいた台湾のタクシーアプリ(55688)を召喚することになった。暖暖の台湾大哥大ショップでプリペイドSIMを買ったのは、この55688アプリをインストールするために台湾の電話番号が必要だったから。伏線は見事に回収されたわけである。
 猫の方は早くも最後のグループ。散歩する時間はまだ残っていたが、膝や腰は痛いし、三珍醤油の店番は姿を見せないしで気力が萎えてしまい、タクシーが来るまでの余った時間は丸荘醤油のテラス席でアイスクリームを食べるなどして過ごした。
西螺鎮の猫

西螺鎮の猫

「怪しいヤツが来たな」
西螺鎮の猫

「找我們有什麼事嗎?(僕たちに何か用?)」
西螺鎮の猫

 3匹の鉢割れ茶トラ白は三珍醤油の店番によく似ているけどあいにく別人。そもそもあまり歓迎されていない雰囲気……。
西螺鎮の猫

西螺鎮の猫

 不穏な気配を察してサバトラも現れた。お騒がせして済みませんね。ちょっと撮ったらすぐ行くから。
西螺鎮の猫

西螺鎮の猫

 ほら、もう終わったよ。
西螺鎮の猫

 予約したタクシーはアプリで指定した17時ちょうどに現れ、予定と1分たりとも違わない17:20に高鉄雲林駅のロータリーへと滑り込んだ。ドライバーの劉さんは始終にこにこして気の良さそうな人だったが、世間話をしようにも俺は中国語が話せないし向こうも日本語はダメ。話したそうにする俺に気を遣ってか、日本の歌を流してくれたのは嬉しかった。雲林からは高鉄に乗って終点の左營まで行き、そこからさらに在来線の385次自強号に乗り換えて太麻里へ向かうが、20:03の発車までまだ1時間半もあって間が持たない。事前に分かっていたことではあるが、金曜夜の新左營駅は予想以上に混雑が激しく、とりあえず何でもいいから南行きの列車に乗って静かな駅に行こうと時刻表を見ると、都合のいいことに18:56発の潮州行き区間快車(快速)というのがあった。
「そうだ枋寮ファンリャオ、行こう」
 潮州で降りても駅のホームでぼけっとするぐらいしかできないが、枋寮なら駅前に知り合いがいるし、本来乗る予定の自強号が来るまで散歩することもできる。とてつもない名案をひり出したような気になって、枋寮だ、枋寮だと何度も一人ごちつつ、黄緑色のラインの入ったEMU900型電車に乗り込んだのだった。
 潮州で乗り継いだ3335次区間車は20:26に枋寮着。帳の降りた駅前商店街に漂う八角の香りと、地上変圧器の上で眠りこける猫の姿を目の当たりにして、1年前にタイムスリップしたような心持ちになった。
枋寮郷の猫

「ん?」
枋寮郷の猫

「君はいつかの日本人。また来たの」
枋寮郷の猫

枋寮郷の猫

 去年とまったく同じ光景で夢を見ている気分だよ。元気そうで良かった(動画はこちら)。
枋寮郷の猫

枋寮郷の猫

 気配を察して相方の茶トラも現れた。
枋寮郷の猫

 去年来た時はこの街の旅社に泊まったけど、今日はもう行かなきゃならないんだ。猫旅最後の夜に君たちに会えたこと、忘れないよ。
枋寮郷の猫

 新左營から乗るはずだった385次自強号は21:11に枋寮を発車。旅の疲れを見越して奮発した騰雲座艙(グリーン車に相当)だったが、切符の券面に書かれている新左營ではなく、途中駅の枋寮から乗った経緯を車掌に説明するのは一苦労だった。日本の場合、乗車券というのはその区間の列車に乗る権利という概念なので、重複したり逆行しない限りどこから乗ってどこで降りようが客の自由だが、台湾の旅客運送約款がどうなっているかまでは確認していない。「待ち合わせが長くて時間を持て余したから適当な列車に乗って枋寮の猫と遊びました」などと正直に話しても理解されないことは分かり切っているので、新型のEMU900型電車が大好きな日本人鉄路迷(鉄オタ)を演じて何とか納得してもらった。ちなみに初めて乗った騰雲座艙はやや期待外れで座席幅が広い以外の長所は見出せなかった。車体の仕様は普通車と同じで高速走行に伴う騒音や蛇行動は如何ともしがたく、床はカーペット敷きではなくリノリウム張りでヘッドレストやフットレストすら付いていない。あとで知ったことだがやはり騰雲座艙の座席は不評だそうで、台鉄では順次交換を進めているとのこと。
 次回はいよいよ四国・台湾猫旅の最終日。朝の太麻里から散歩が始まる。
枋寮郷の猫

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