犬吠という地名の由来はいくつかの説があって、その中の一つに、岬に置き去りにされた源義経の愛犬が、戻らぬ主人を思い慕って鳴き続けたという伝説があるそうだ。源頼朝の手から逃れようという時に犬など連れて歩くものなのか、それとも吠え声で居場所を知られては具合が悪いので銚子で手放すことにしたのか、真相は分からないが、少なくとも現代の犬吠は犬よりも猫の方が多いように見える。俺が散歩した時も、義経が連れていたのは犬ではなく猫だったのではないかと思えるくらいたくさんいて、いったいここの名物は犬なのか猫なのかはっきりして欲しいところである。
千葉県の犬吠と対を成すように、福島県には猫啼という地名がある。こちらは和泉式部によって置き去りにされたという猫が、主人を探して鳴き続けたとの伝説が由来になっている。猫は主人を思うあまり病に倒れるが、この地に湧く温泉に浸かるうちに元気を取り戻したそうで、その温泉は猫啼温泉という名で今も営業している。どちらにしても現代の感覚では、置き去りにするなんてひどいということになるのだろうが、親しい人を思う動物たちの心がテーマになっている点で共通しており、救いがある。ちなみに俺は猫啼にも行ったことはあるが犬も猫も見なかった。
犬吠散歩の終盤は漁港から台地への坂道を上り、外川駅を通りすぎて犬吠駅へ向かうルートを取った(前回の記事はこちら)。次の電車が来るまで50分近くあり、来た道を戻って犬吠駅でお土産を買っても充分時間がありそうだった。往路と違って復路は銚子電鉄〜JR総武本線を利用することにしており、銚子電鉄に乗る以上、濡れ煎餅やまずい棒を買って帰ることは必然である。ほかに魚の干物も欲しかったし、記念の硬券切符も買っておきたかった。
猫の方は民家の窓辺で鳴き続けていたポイントさん。こちらは義経に置いてけぼりを食ったのではなく、単にお腹が空いていたみたい。
気温は12℃ほどで、温暖な銚子としては低い方だと思うが、日差しが強いので寒さは感じない。猫も地面で寛いでいる。
しゃがんで呼んだら出てきてくれた。特徴的なこの毛色、最初はフォーンかと思ったけど、あれはソリッドの毛色だから模様は生じないはず(一例)。縞模様まで薄くなっていることから、希釈色の一種だとは思うが、単なる灰トラ(blue tabby)ではないように見える。キジ白の遺伝子型(ww oo A- B- C- ii D- S-)のうち、B遺伝子座がbbに変異して黒縞がチョコ縞になり、さらにD遺伝子座がddに変異して毛色が希釈されたライラックタビー(lilac tabby)だろうか。いずれにしても見たことのない毛色であり、現時点では判別できないので、毛色のタグは「その他」に分類しておく。
帰宅してから光彩を拡大して、朝会ったのと同じ猫だということは確認できたけどね。この日の犬吠猫散歩は3匹の白猫たちでおしまい。
一方こちらは八日市場の白。細い路地で出くわして、進退窮まっているところ。
銚子電鉄で銚子へ戻ったあと、13:21発の東京行き特急「しおさい10号」に乗った。当初の予定ではこの列車で帰途につくつもりだったが、何しろこの地へ来るには往復8時間もかかるので、こんな早い時間に引き上げるのはもったいない。しおさい10号は「えきねっとトクだ値」と称する割引切符で指定した列車であり、かなり迷ったが、この列車に乗らなかった場合でも乗車券としては使えるので、途中の八日市場でもう少しだけ散歩してから帰ることにした。
片手にぶら下げた濡れ煎餅や魚の干物は八日市場駅のコインロッカーに預けるつもりだったが、「この駅にそうしたものはないのだよ」と駅員の返事は膠もない。八日市場は匝瑳市の中心駅であり、愛想の良い駅員やコインロッカーが完備されているものと思い込んでいたが、その当ては見事に外れた。
散歩を初めて間もなく、長毛白に遭遇したまでは良かったが、そんなわけで片手に土産袋をぶら下げていたため、もたもたしているうちに猫は民家の敷地に逃げてしまった。
屋根の上にはキジトラ。魚の干物は俺が家で食べるんだから、絶対に渡さないぞ。
民家の敷地の奥の方で様子見。意外なことにこの日初めての黒白だった。
同じ敷地からこちらを凝視しているのがもう1匹。そろそろ電車の時間だという時に嬉しい邂逅。
辛うじて全身に近い姿を拝めた。まあお尻と尻尾はどうせ黒いので、想像力で補えばよろしい。
この日の猫散歩は2匹の黒白でおしまい。八日市場に寄り道したのは「匝瑳」という難読地名の街を歩いてみたかったからだが、時間の関係であまりゆっくりできなかったのが心残りだ。次来る時は銚子で1泊するなりして、もっと広い範囲を歩いてみたい。