昨日は朝から町田へ出かける用があったので、そのついでに相模原の知り合い(こちら)に会いにいくつもりだったが、起きる前から激しい偏頭痛に見舞われてどうにもならなかった。用事は何とかこなしたものの、生ける屍のような風体で帰路を辿り、帰宅後は布団に直行して夜まで気絶していた。あんなにひどい頭痛は久しぶりだった。
まあしかしそういう時こそ台湾猫の出番。以前のように猫だけが目的の旅ではないとはいえ、猫を探す気は満々なのでなかなか先へ進めず、連載6回目となった今回もまだ旅の3日目(3月21日)。場面は前回の記事と変わらず、南竿島の復興村(牛角集落)で見かけた猫たちだが、人懐っこいキジトラや三毛とは距離を置いて、逃げ惑うばかりのサビ猫に注目してみることにした。何しろここはサビ猫がやたら多いのである。
この写真も5匹のうち3匹がサビ。写真に入ってないのもいるから順番に回ってみよう。
どの子も警戒心が強くて接近不能だしほかにも何匹か隠れている。この一角は女子率がとても高い。
黒いのは余計分からん。耳の切り欠きも当てにならないので性別すら不明。
サビ以外がおしなべて人懐っこいのも不思議。俺は猫の毛色と性格との相関については懐疑的だけど、俺がサビにモテないのは事実だし、黒猫や白猫には他の毛色にない個性を感じることもある。これは人間の血液型性格診断などと違って、彼らが実際に毛色や模様によって利益あるいは不利益を受けているからではないだろうか。
黒いのがもう1匹、遠巻きにこちらを眺めている。控えめな性格なのかな。
我是日本來的遊客、無是壞人(Nguá sāi Nì-bĕng lài dē iù-khák, mò̤ sī huá̤-nè̤ng)。
閩東語が奏功したのか指の匂いで挨拶できたけどおっかなびっくり。念のため閩南語でも同じことを言ってみる。我是日本來的旅客、無是歹人(Góa sī Ji̍t-pún lâi–ê lí-kheh, bô sī pháinn-lâng)。互換性ゼロ。
復興村で見かけた最後の猫はまだ幼いキジトラ。地面の何かを弄んでいるようだ。
道路向かいの家の子かな。この先は砂浜で行き止まりだからあまり車も入ってこないし、猫ものびのび遊べるね。
我に返ってこちらを向いた顔つきは意外に精悍。足元にはすでに絶命したであろう何かが転がっていた。
幼いキジトラと別れた時点で時刻は10時半。このあと12:50発の飛行機に乗って台中へ向かうわけだが、朝から何も食べていないし時間もあるので、南竿郷で最も栄えているという介壽集落へ足を延ばしてみた。気温は17℃ほどで過ごしやすいが、何しろこの島は起伏が多く、介壽集落へ行くとなると急な坂を上って下って最後にまた上ることになるから汗はかく。しかし今回の旅は猫を探すだけでなく、美味しいものを食べたり景色や史蹟を眺めたりもしたいので、痛み始めた足を引きずりながら、日陰のない介壽路と呼ばれるメインストリートをゆっくりと下りていった。その甲斐あって2018年11月の台西郷散歩からの念願だった蚵仔煎にようやくありつけた上に、それは素晴らしく美味しかった。一緒に注文した炒飯も絶品だった。時間に余裕のある旅というのはこんなにも豊かなのだなあ。
以前の記事にも書いたが、もともとこの日は朝6時半の船で東引島を発って南竿島には8時半に到着し、そのまま9時発の船に乗り継いで北竿島を先に散歩する予定だった。ところが東引島からの船が遅れたため南竿島に着いたのは9時近くになり、異国の港で5分やそこらで乗り継ぐのは無理なので北竿島は諦めたわけである。北竿島にも見たいものはあったが、無理をしてどちらも中途半端になるよりは良かったと思っている。
というわけで美味しくてやや量の多い蚵仔煎と炒飯を雪碧で流し込み、1.5km離れた空港へ向かうべく腰を上げたのは11時半。車やスクーターの行き交うメインストリートを避け、細い横丁に入ればそこはもう猫路地だ。
平坦な土地が少ないからか、隙間があれば畑にしている感じ。貴重な野菜を鼠から守ることは猫の大切な任務の一つだ。
馬祖南竿空港を定刻に飛び立った立榮航空8732便は台中空港へ向けて65分のフライト。次回は台中から鵝鑾鼻まで陸路で一気に南下する。