かつて宮脇俊三が台湾鉄路千公里で訪れ、タクシー運転手に何度言っても通じなかった、台南の「運河」に俺はいる。台湾華語をカタカナ読みしても絶対に通じないことは、俺も今回の猫旅でよく分かった。この言語は繁体字を使うので、日本人にはとっつきやすい反面、覚えなければならない漢字は多く、台湾の小学校で習う漢字の数(3,000字)は、日本の漢字検定準1級に匹敵するほどだ。しかしこれらの事柄は、恐らく台湾華語のアプローチとしては、さほど重要ではない。この言語は文字よりもまず発音を克服しないとどうにもならない。
運河沿いの遊歩道は観光用に整備されていて、街なかを毛細血管のように巡る古い路地とは対照的だ。東京なら昔の月島を思い起こす雰囲気だが、月島と違うのは、その路地が曲がりくねっていて、地図なしにはとても歩けないという点だ。月島の路地は細いといっても碁盤目状なので、よほど方向音痴でもなければ、出てこられないことはないが、安平老街の路地は、一度入ったら出られない世田谷迷路をぎゅっと濃縮したような感じだ。
しかし俺が未だにこの路地に留まっているのは、決して道に迷ったからではなく、猫がたくさんいすぎて先に進めないからだ。スクーターの擦れ違いも困難な細い路地からは脱したものの、老街からはまだ抜けられずにいる。
少し広めの道に出たと思ったら、どうやらここは廟か何かの参道らしい。黒いのがこちらを見つめて警戒している。
早め早めの避難が重要。なかなか危機管理のしっかりしている猫さんで。
刺激すると、たぶんあの隙間から逃げるから、そおっと行かないとな。
その後ようやく老街を抜けて、コンビニのイートインで休憩したが、背中のリュックと湿気にやられて、なかなか動く気になれない。台南の猫探しは10時ごろには終えて、そのあとバスに乗って白砂崙と呼ばれる海辺の街に移動する予定だが、時刻はすでに9時近く、だいぶ雲行きが怪しい。
帰りの飛行機は台南空港を15:25に出発する。いつもは台北松山から羽田へ飛ぶ中華航空222便を利用しているが、今回に限っては、台南から関空へ飛ぶ同192便を利用することにしていた。これといった理由はないが、敢えて言うなら、いつも松山空港と222便の組み合わせで飽きたのと、あまり長い時間飛行機に乗っていたくないからだ。そもそも俺は飛行機が苦手で、座席でじっとしていられるのはせいぜい4時間が限度だ。台湾ばかりを旅行先に選ぶのも、猫がたくさんいて人々が親切だからというだけでなく、その範囲で行ける自由民主主義国がほかにないからだ。羽田から台北松山は向かい風なので4時間かかるが、台南から関空なら距離は短いし追い風なので2時間40分で着く。関空から東京までは遠くても、鉄道ならいくら乗っても苦ではない。
まあそんなことはどうでもいいんだが、老街を抜けると今度は逆に猫影が薄くなり、見つけるのに難儀するようになった。日が高くなってスクーターが増えたせいかも知れない。
赤い路地の茶トラから1時間経って、ようやく見つけた黒白。もう少しバランス良く現れて欲しいな。
ただの木っ端かと思ったら、ずいぶん年季が入っているようだ。大切な爪研ぎ道具なのね。
長かった台南散歩の後半は猫影薄く、スリム美人三毛で締めくくりとなった。
スクーターに身を隠して隠れんぼすると、こちらに向き直って近寄ってきた。
おっぱいが張っているので、お母さん猫だったみたい。足止めして悪かったよ、子供たちのところへ戻っておくれ。