今日から28日までの四連休は、緊急事態宣言が解除されることを見越して、先月のうちに希望を出して確保してあった。具体的に何をするかは決めていなかったが、行きたい場所はいくつも溜まっていたし、旅程表もできていたので、その気になったらいつでも出かけられる。JREポイント(JR東日本のポイント)が3万ポイント近く溜まっており、当初はそれを利用して山陰や四国に行くことを考えていたが、行く先々でゆっくり散歩するとなると時間が足りないし、新幹線や寝台特急「サンライズ」を利用するにはポイントが足りない。そちらにはもっと機が熟してから行くことにして、この秋は久しぶりに妻と一緒に福島県の猫温泉へ浸かりに行くことにした。コロナ騒ぎからこっち、妻は家に籠りがちで、気晴らしになるようなことをしていなかった。
今回の猫温泉も例年通り1泊2日。老猫のいる我が家は留守をするのもそのくらいが限度だ。これまで何度かの旅で会津若松市内に猫の知り合いができてしまい、今回もそこを外さずに旅程を組んだ結果、往路は浅草から東武の特急で鬼怒川温泉~野岩鉄道経由で行くことにした。午後からレンタカーを借りて猫温泉へ向かい、2日目の明日はレンタカーを乗り捨てて福島市内を散歩してみる。この記事は18時に予約投稿するように設定してあり、公開されるころは宿に着いて猫を構っているか、温泉に肩まで浸かって「だー」などと唸っているはずだ。
今日紹介するのは20日の奥多摩散歩から、旧氷川町エリアで見かけた猫たち(前回の記事はこちら)。氷川町というのは合併により奥多摩町となった旧町村の一つで、現在は奥多摩町氷川という大字にその名残を見て取れる。旧氷川町エリアには氷川のほかに境、海沢、日原という大字があるが、今まで俺が猫と遭遇したのは氷川と日原だけ。旧古里村と旧小河内村エリアでは1匹も見つけられていない。奥多摩はそれぞれの集落が小さい上に険しい山肌に遮られており、ハシゴをするのはもちろん、標高差の大きな杣道を歩くだけでも大変なのである。ただ、このことはそこに住む猫たちにとっても、集落間の移動が困難ということを示している。つまりそれぞれの集落の猫は、奥多摩が開鑿されたという室町時代から連綿として続く古い血筋である可能性がある(遅くとも養蚕が盛んになってからは確実に)。時々俺が奥多摩の猫を訪ねるのは、そのことに深い興味を感じているからでもある。
油断していると話が長くなるのが俺の悪い癖。猫はしびれを切らしているね。
昔はもっと懐いてくれた気がする。君はIWGさんのテレビ番組なんか出て、手の届かないところに行っちゃったんだね……。
湿っぽい目つきのキジ白。何年か前にもここでくたびれたキジ白を見かけたことがあり(こちら)、再会できたことを喜んだが、あとで調べたら別猫だった。
まあでも君に会えて嬉しいのは事実なんだ。少しカリカリをあげるよ。
2時間ぶりに戻ったメインストリートはすっかり明るくなっていて、朝はいなかった常駐の三毛が定位置で日なたぽっこしていた。
再びハンドルを握り、氷川の街をあとにしたのは9時前。半年ぶりに訪れた猫集落は、標高の高い方で水道工事が行われていて騒がしく、上の段は相変わらずもぬけの殻。細い杣道を下りて下の段の猫民家を覗いてみると、見覚えのある黒白が佇んでこちらを見ていた。
こちらの茶トラ白は噛みつき黒ちゃんと仲が良かった子。あの子は早逝しちゃったけど、君だけでも元気そうで良かった。
今日は家の奥さんが在宅していて、猫に囲まれながらしばらく世間話をした。猫たちはどれも人見知りが激しいが、傍らに奥さんがいてくれるお陰で持ち堪えている。
1年前は子猫然としていたのに、猫というのはあっという間に大きくなる。いつものことだけど置いてけぼりを食わされた気になるよ。
この日出てきたのは5匹だったが、ここには猫が16匹ぐらいいるそうだし、コロナ以降に生まれたのもいるから、会ったことのない猫はまだほかにもいるんだろうな。
不意の来訪者(俺)を樹上から眺める黒白。こいつはこの家の奥さんが自分の意思で飼っている猫だそう(ほかの猫の大部分はもともと上の段の主人が面倒を見ていたところ、急な病気で里に下りたため、下の段の奥さんが止むなく面倒を見ている)。
家の前栽はプラットホームにもなっていて、線路が猫の止まり木みたいになっている。ここは昔からこの状態だが、メンバーはすっかり変わった。
黒も上の段からの難民組。噛みつき黒ちゃんとは対照的な性格の子で、最近は臆病さに磨きがかかった感じだ(去年の様子)。
今回はこれで紙幅が尽きた。このあともう少し猫集落の猫を構ったあと、氷川~境を経由して留浦まで足を延ばしてみたので、次回はその道すがら見かけた猫たちを紹介する。