台湾田舎巡り(24)


新北市の猫

「お客さん、阿里山咖啡いかが? とても美味しいよ」
「阿里山コーヒー欲しいけど高いよー。手が出ないよー」
「大丈夫、seven hundred。高くない!」
「真的嗎? それじゃ一ついただこうかな」
 人影のまばらな九份老街で誰にともなく売り声をかけていたコーヒーショップのお姉さんは商売上手だった。阿里山咖啡に鋭く反応する俺の挙動を見逃さず、すかさずロックオンして売り上げアップに成功した。一方の俺も念願の阿里山コーヒーを手に入れられて満足だ。以前から飲んでみたいと思っていたものの、生産量が少なく、高い店だと200gで6,000円以上するからおいそれとは買えない。しかも一つ買ったつもりで700元を支払い、あとで袋を確認したらなぜか二つ入っていた。買二送一(2個買ったら1個おまけ)とは言っていたけど、黙って買一送一にしてくれたんだろうなきっと。
 台湾猫旅最終日となった3月24日、なぜ俺が予定にない九份でコーヒー豆を買っているのかというと、瑞芳〜暖暖と散歩しても雨の止む気配がなく、予定を前倒ししすぎて時間が余ったからだ(前回の記事はこちら)。本来なら暖暖11:46発の平溪線直通列車で菁桐へ向かうつもりだったが、雨宿りする場所に乏しい暖暖で散歩を終えたのは10時ちょうど。すでに天気の回復を諦めていた俺は九份で時間調整することにしたのだった。ここには初めての台湾猫旅でも訪れていて、あわよくばその時の猫たちに会えればと思っていたが、展望台から望む下界は濃い霧で猫どころか数m先も見えない。あれから8年も経ったのだなと感慨に耽ったあと、バスに乗って瑞芳への山道を下った。
 瑞芳11:58発の4722次区間車で菁桐へ移動。到着までの1時間を車内で過ごすうちに雨はすっかり上がっていた。そして懐かしい駅前の老街には見覚えのある毛色が佇んでこちらを眺めていた。
新北市の猫

新北市の猫

 小貴妃ちゃん、元気だったのかー!
新北市の猫

 菁桐でいちばん会いたかった子。昔と変わらず人懐っこい。
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 3年半前に会った時より少し痩せたかな。ひとしきり撫でられたあと、横たわって目を閉じた。
新北市の猫

 こういう再会があるたびにまた来たいと切に思うが、ここは外国。立川や八王子に行くのとはわけが違う。これが最後の逢瀬と覚悟して、彼女の毛並みの手触りと寝姿を心に刻んでその場をあとにした。
新北市の猫

新北市の猫

 菁桐には小貴妃のほかにも数匹の猫が暮らしているはずで、初めてここを訪れた2018年3月には猫たちを紹介する掲示板が設けられていた。今は撤去されているようだけど、あそこに見えるのは猫じゃないのかな。
新北市の猫

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 線路の真ん中で黒が毛繕い中。白っぽいのは三毛のようだね。
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 おお、転がった!
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 砂利の上で出血大サービス。
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 黒も三毛も初めましての子。以前は黒球球という名の黒猫がいたけど、あの子は耳に切り欠きがあったから別猫。
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 三毛の名は小花。猫掲示板で紹介されていたので、少なくとも6歳かそれ以上にはなっているはず。
新北市の猫

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 ここにはほかにも猫がいるはずだけど、お昼寝タイムだからかこれ以上出てくる気配はない。俺もそろそろ行かなきゃ。
新北市の猫

 時刻は14時となり、帰国前に散歩できるのはせいぜいあと1箇所。どこへ行くにしても最終的には台北松山空港が目的地なので、795路の木柵行きバスに乗るか、あるいは鉄道で瑞芳へ戻るかの二択となる。知らない街を歩いてみたいのは山々だが、ここへ来てもやはり俺はもう一度瑞芳に戻って馴染の猫に会いたかった。出境ゲートをくぐってしまったら次いつ来られるか分からない。帰る前にせめてあのキジトラたちだけでも無事を確認できないものか。
 やや日の傾いた瑞芳に列車が到着したのは15:08。松山へ向かう列車の発車は15:39だから散歩できる時間は30分もない。朝も歩いた民族街の路地に駆け足で戻り、猫だまりの亭仔脚を覗いてみると、赤茶けたキジトラがスクーターの上で舟を漕いでいた。
新北市の猫

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 ここは君だけのようだね。会えて嬉しいよ。
新北市の猫

 もし良かったらお友達に伝えておいて。あの猫好きの日本人がまた来てたって。
新北市の猫

 そんな俺たちの様子を不思議そうに眺めているのもいた。
新北市の猫

 まだ若そうな黒。前回から3年以上経っているのだから、知らない子も増えるわけだよなあ。
新北市の猫

新北市の猫

 今回の台湾猫旅を締めくくってくれたのも黒。物陰からこちらを窺っているのが分かるかな。
新北市の猫

新北市の猫

 ああっ、行かないでー。
新北市の猫

 素人の駄文にここまで付き合ってくれた読者の方々は神様。でも最後にもう少し、恒例の猫集計だけ書かせて。
 猫旅初日はほぼ金門県内の散歩だったが、台北松山空港での国内線乗り継ぎの合間に少しだけ台北市内を歩いた。台北市信義区で1匹、金門県金沙鎮で13匹の計14匹。2日目は烈嶼から金門島への渡船が運休しており、金門大橋経由のバスにも乗り遅れた影響で金門島での散歩時間が削られてしまった。金門県烈嶼郷で8匹、金城鎮で1匹、高雄市旗津区で16匹、屏東県枋寮郷で1匹の計26匹。3日目は森永から始まる台湾東部の原住民集落巡りがメインで、どこも猫密度が高かった。屏東県枋寮郷で13匹、台東県達仁郷で8匹、大武郷で25匹、太麻里郷で15匹の計61匹(一日あたりの過去最高)。4日目は金崙の猫たちと戯れたあと午後から蘭嶼に渡り、島内のチャリ漕ぎで二度死んだ。台東県金峰郷で11匹、太麻里郷で28匹、蘭嶼郷で11匹の計50匹。5日目は朝の蘭嶼散歩から始まり、台湾本土に戻ったあとは北へ向かう移動の日。台東県蘭嶼郷で26匹、花蓮県玉里鎮で6匹、萬榮郷で2匹、瑞穂郷で10匹の計44匹。帰国日の6日目は今回唯一の雨。土地勘のある瑞芳や暖暖は雨に濡れる散歩で猫の数は少なかったが、懐かしい面々には会えた。新北市瑞芳区で9匹、平溪区で3匹、基隆市暖暖区で5匹の計17匹。5泊6日の猫旅で遭遇した猫の総計は212匹だった。
 今回は世界的パンデミックを経た3年4ヶ月ぶりの渡台で、知り合い猫たちの安否が気になりつつも、正直なところ再会することは難しいだろうと思っていた。実際、会いたいと思っていた猫の大部分には会えなかったが、中には図らずも息災を確認できたのが複数いたので、それらの猫を紹介して筆を置く。初日に台北市内で見かけた鉢割れのキジ白2019年9月以来の3年6ヶ月ぶり。4日目に太麻里で見かけたぱっつん頭の茶トラ白2018年11月以来の4年4ヶ月ぶり。5日目に玉里で見かけた茶霜降り2017年1月以来の6年2ヶ月ぶり。残りの4匹はすべて帰国日の6日目で、瑞芳で見かけた鉢割れキジ白2019年9月以来の3年6ヶ月ぶり。同じく瑞芳で見かけたでかい黒白2019年1月以来の4年2ヶ月ぶり。暖暖で見かけた細面の黒白2019年11月以来の3年4ヶ月ぶり。そしてこの記事で先ほど紹介した小貴妃ちゃんは2019年9月以来の3年6ヶ月ぶりで、初めて会ったのは2018年3月に遡る。これらのほかにも黒や白など、毛色が同一で光彩を比べてもはっきりしない猫は割愛しており、俺が気づかないだけで再会している猫はほかにもいたのかも知れない。
 2023年台湾猫旅は以上でおしまい。大家再會啦!
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