二重離島あるいは二次離島と呼ばれる島はいくつもあるが、中でも青ヶ島がとりわけ上陸困難とされているのは、一つには船の就航率の低さ、もう一つはヘリコプターの定員の少なさがある。船はくろしお丸と呼ばれる総トン数493tの貨客船で、八丈島〜青ヶ島(81km)を3時間で結んでいるが、就航率が低いのは船体が小さいからだけではなく、青ヶ島の港湾施設が貧弱だからだ。青ヶ島は火山島で周囲が切り立った崖に囲まれており、その斜面が急角度のまま海中に没しているので、桟橋を沖へ延ばそうとすると深い海底に基礎を打つことになる。斜面の角度は一次関数的でも、工期や費用は指数関数的となって現実的ではないのである。同じ理由で防波堤を設置することも困難で、要するに青ヶ島港(三宝港)には外海に突き出す短い桟橋が一つしかなく、代替港もないので、海況の影響を受けやすいというわけだ。
その青ヶ島へわずか2泊3日で、しかもほかに三つの島に滞在し、3日目は夕方から夜勤という旅程で訪れるのはどうかしていると自分でも思うが、勤め人という立場上、行くなら比較的海況の良い今しかないし、それを逃したら来春までほとんど不可能という焦りがあった。前回の記事にも書いたように、帰りの船が欠航して島に閉じ込められては困るので、往路は敢えて船にして、復路には就航率の高いヘリコプターを選んだ。船が3時間かかるのに対してヘリコプターは20分で着くが運賃は約3倍で定員はわずか9名。当然のことながらプラチナチケットで、俺が予約した時も発売日の受付開始と同時に電話したもののなかなか繋がらず、100回リダイヤルしてダメだったら諦めようと思った矢先、96回目でようやく繋がって席も確保できた。単なる話中ならとっくに満席だったろうが、どうやら回線が輻輳していたようだ。
憧れの青ヶ島。地形オタクなら一度は見たい二重カルデラの青ヶ島。猫旅2日目(10月24日)の海は奇跡的なレベルで凪いでおり、まるで湖上を進むかのように穏やかな航海を終えた俺は定刻より10分早い12:20、念願の地に降り立った。この日の船はくろしお丸ではなく、代替船のあおがしま丸が就航していたが、性能的には同一らしく時刻変更などはなかった。
午後から雲がかかりやすいとされる青ヶ島だが、現時点では山頂まではっきりと見えている。気温の高い日中は猫もどこかに隠れているだろうし、まずは二重カルデラをこの目で見るため、大凸部と呼ばれるカルデラ外輪の最高峰へ向かうことにする。港で待っていたレンタカー屋のお姉さんと契約その他を済ませ、もらったガイドマップを片手に急な上り坂を15分ほど行くと、青ヶ島唯一の小さな集落に到着。民宿の女将に挨拶したのち、再びハンドルを握って登山口へ向かっていると、行く手に猫と思しき小動物が見えてきた。記念すべき青ヶ島猫の1匹目は三毛のようだね。
トカゲの尻尾を睨んでいた三毛は俺に気づくと草むらへ逃げてしまい、それきり二度と出てこなかった。
標高423mの大凸部の絶景を堪能したのち、改めて青ヶ島の猫に会うべく、「ひんぎゃ」と呼ばれるエリアへ移動。ここはレンタカー屋のお姉さんが教えてくれた名所の一つで、火山の地熱で温められた水蒸気が到るところから噴出している、いわゆる地獄谷のような場所。サウナ施設や調理用の地熱窯が設置されていて、そこには利用者のおこぼれを待つ猫もいる。
毛色はカラーポイントのようだが、尻尾の下に見え隠れしているキンタマのキジ色がとても興味深い。というのも、カラーポイントを発現する白化遺伝子(サイアミーズ遺伝子)は体温の低い部位ではうまく働かず、顔面や耳朶、四肢の先端などにオリジナルの毛色が濃く残る性質があるからだ。キンタマすなわち睾丸というのは精子を産生・貯蔵する臓器で、温度上昇によりそれらの機能が低下することを避けるため、わざわざ袋状の形状になって(人間の場合は放熱用のひだを伴って)股間にぶら下がっている。つまりキンタマは体温の低い部位なので、カラーポイントにおいては元の毛色が残りやすいというわけなのである。
観光客の気配を察したのか、遥か彼方から猫の鳴き声が聞こえてきた。
とててて、と駆け寄ってきたのは若いキジ白。見慣れない他所者に耳がイカ。
こいつはとても臆病で接近不可能。逆にキジトラは常にくっついて回るので写真を撮るのがムズカシイ。
時刻は15:20。日も傾いてきたことだし、そろそろ集落へ戻ろうと車を動かした矢先、さらに1匹増えていることに気づいた。
警戒感が半端ないので1枚だけアップを撮ってその場を辞去した。ひんぎゃの猫たちの動画はこちら。
集落に戻ってみると日中は見かけなかった猫があちこちにいる。この日は八丈島アメダスで最高気温23.4℃を記録しており、日差しが強かったこともあって猫にとっても人にとっても暑かった。
何とかその場に留まってくれた。カリカリ山盛りのお皿は島内のほかの場所でもいくつか見かけた。
宿泊先の駐車場に車を止めて外に出ると、建物の向こうからこちらを眺めているのがいた。
とある民宿の敷地に茶トラ白が佇んでいた。ホントはここに泊まりたかったけど満室だったんだよね……。
山盛りのカリカリを前にこの日最後の猫写真。日没の40分前に散歩を終えて民宿へ戻った。ちなみに予約を忘れられていた件はたまにあることらしく、空き部屋もあるとのことで無事に潜り込むことができた。レンタカー料金が保険補償込みで1泊3,000円というのも特筆もので、蘭嶼で借りたボロいママチャリが1泊500元(約2,300円)だったことを考えると、競合の少ない離島でこの価格は良心的すぎて本当に痺れた。
いい印象しかない青ヶ島猫散歩は翌25日も続く。