新竹市は頭前渓の扇状地に広がる人口45万人の省轄市(日本の中核市に相当)で、川を渡って15kmほど北上すれば桃園県に入る。高鉄なら台北から30分の距離なので、最初から旅程に組み込んでいれば、旅の前半で訪れることになっていたはずだ。しかし新竹に行きたい場所を見つけたのは出発の1ヶ月前で、すでに旅程は確定しており、すべての宿泊施設も予約済。4泊のうち2泊はAgodaのキャンセル不可条件(違約金100%)なので、大幅な旅程変更はできない。そこで、前回の記事の最後に書いたように、直接予約していた日月潭での宿泊だけ取りやめて、車埕から縦貫線直通の列車で田中に戻り、554次莒光号で新竹へ向かうことにしたのだった。
新竹駅の駅舎は日本統治時代の1913年に落成したもので、同時期に建てられた東京駅と姉妹駅提携を結んでいる。19時すぎに到着して路頭に立つと、星空にライトアップされた駅舎は勤め帰りの人々で雑踏していた。中央に鐘楼やアーチ道を備えた重厚な造りだが、1日あたり4万人以上の利用者を捌くには少し手狭だ。騒がしい小吃の屋台で夕食を取ることに気疲れを覚え、行き交う人々をかき分けてアーケード街に出ると、行く手に吉野家の看板が見えてきた。たった5日間の旅なのに、何だかとても懐かしく、ありがたかった。
台湾猫旅3日目の夜、牛丼大碗とC套餐(約500円)を堪能した俺は、駅から数分の中華路沿いにある左岸仮期旅店というホテルに入った。料金はAgodaで1ヶ月前に予約して2,930円。台湾のホテルとしては並ランクだと思うが、屋上にランドリーコーナーがあるのと、部屋の窓から新竹駅構内を見渡せるのが良かった。鉄道好きにはお勧めの宿だ。
翌11月15日(猫旅4日目)は少し早めの6時半すぎに最初の散歩を開始した。軽めにその辺を一回りして、免費早餐を食べてからチェックアウトすることにしている。この日の1匹目は道端の黒。
ご飯待ちだったらしく、期待半分、不安半分といった顔つきで、こちらを見つめている。
大きな植木鉢を覗いていた茶トラ白。中に水でも溜まっているのかな。
近寄ったらこちらに向き直った。そういうことならもう少しアップで。
これはとても微妙な毛色。限りなくキジトラに近いが、右前足の第2指と第3指が完全にレッドなので、この子は二毛。おっぱいが張っているので、お母さんということはすぐ分かるけどね。
新竹で台湾名物発見。シートにフィットしているので、油断していると見逃してしまう。
1ヶ月前に見つけた「行きたい場所」というのは新竹市内ではなく、10kmほど離れた新埔鎮という街の柿農園だ。8時にホテルをチェックアウトして駅前に出てみると、黄色いタクシーが何台も並んで手持ち無沙汰にしていた。その中の一台を捕まえて、「味衛佳柿餅觀光農場」と書いて見せるが、分からないと首を振る。新竹でタクシーやってて味衛佳が分からないなんてモグリだろと思うものの、電車やバスでは時間がかかりすぎて今日のスケジュールに差し支える。住所を書けというので、やたら画数が多くて長い住所(新竹縣新埔鎮旱坑里11鄰旱坑路一段283巷53號)を我慢して書いて見せると、今度は大きく頷いた。
目的地に到着したのは8:40。これでも予定よりやや遅いくらいなのだが、なぜそんなに慌てているのかというと、時間が経つにつれて、たくさんの観光客が押し寄せてくるはずだからだ。ここは台湾では超有名な柿農園で、毎年9月から翌年1月が収穫期。この時期は柿餅(干し柿)作りの最盛期でもあり、収穫された柿が干し籠に並べられ、農園内は鮮やかなオレンジ色に染まる。その光景を写真で見て、矢も盾もたまらなくなり、今回の猫旅に捻じ込んだのだった。
農園であるからには猫もいるに違いないという俺の予想もバッチリ。
人懐っこい子なんだけど、カメラはあまり得意じゃないみたい。ごろーんは手短に。
混雑していても柿は見られるけど、猫はこういう時じゃないと落ち着いて構えないからね。まだ誰もいないし早く来てよかった。
「台湾の柿餅は、皮を剥いた柿を干す前に、龍眼の木を燃やして燻すのです。そして日本のように吊すのではなく、籠に並べて干すのです」
「ほかのお客様がいらしたようなので、私はこれで失礼しますね」
こいつは黒白以上に人懐っこくて、しかも動きが速い。木陰は暗いのでブレちゃうよ。
キジ白の言う通り、次々にお客さんが入ってきて、仕舞いには幼稚園児の団体様まで現れた。こりゃもう撤収だな。
このあと、幼児集団に撫でくり回される運命のキジ白は、碳烤室(燻蒸室)の隅でかしこまっている。
柿農園から2kmの道のりを歩き、新埔鎮の繁華街でタクシーを探したが、黄色い車が見当たらない。このあと鉄道沿線から遠く離れた台西郷へ向かう予定で、それには10:47発の高鉄に乗らないと、スケジュールに深刻なダメージが生じる。繁華街を横断する中正路を20分ほど行き来して、ようやく路駐している1台のタクシーを発見。向かいの小吃店の店内に「我想去高鐵新竹車站」と声をかけると、ドライバーらしきおばちゃんが食事もそこそこに出てきてくれた。新竹には台鉄の新竹駅と高鉄の新竹駅があり、例によって両者は遠く離れている。間違っても台鉄に連れて行かれては困るので、「高鐵、高鐵、OK嗎?」と念を押すと、「新幹線ね」と言ってにっこり笑った。多大なる安心感とともに俺は黙った。
次回は台湾の東西南北の「西」をコンプリートする。