日々の猫散歩は時に辛く感じることもあり、そんな時は「せめてあの猫が元気なうちは」などと自分を奮い立たせてきたが、そうした猫の多くはすでに鬼籍に入ってしまい、最近は「せめて平成が終わるまでは続けよう」になっていた。改元して令和になったら新しい目標を決めなければならないが、そのような節目となると猫散歩10周年くらいしかなく、あと2年以上あるので気が遠くなる。
昭和天皇が崩御した時は皇居へ記帳に赴き、その人出の多さに驚いたものだが、昭和という時代はあまりにも色々なことがありすぎて、自粛というより沈思反芻するようなムードが強かった。それから30年が経ち、次の改元がこんなにお祭り騒ぎになるとは思ってもみなかった。街のマルチビジョンに見入る人々から歓声が沸き、Twitterに猫を抱えた菅官房長官のコラージュが流れるなど、当時からは想像もできないことだが、時代の節目というのは本来そういうものなのかも知れない。光格天皇の譲位により仁孝天皇が践祚した江戸文化時代、一般庶民も御所に入って即位の礼を見られたというから、当時の京都はお祭り騒ぎだったのではないだろうか。
昨日は朝から福生市内を散歩していたが、新元号が発表される予定の11時半ごろからは、通りかかった公園のベンチに座ってNHKのネット放送を見ていた。猫にも記事3回分ぐらいは会えたが、歩いた距離が約12kmと長かったため、疲れてしまって何もする気が起きず、今日載せるのは時系列の原則により先月20日の三浦猫となる(前回の記事はこちら)。
ハマダイコンの咲く浜辺で最初に見かけたのは、大小のキジ白と灰とサビ。人懐っこい猫たちと駆け回って遊んでいると、どこからか曲がり尻尾の黒が現れた。
この日、古くからのメンバーはほとんど見当たらず、特に黒白は1匹も出てこなかった。世代交代が進んだのかと、少し淋しく思っていたが、いちばん古い顔馴染が出てきて嬉しさもひとしお。この黒は初めてここを訪れた2014年4月に会った子。
黒とうだうだしていると、混ぜて! と言わんばかりにサビも飛んでくる。ここに来るとモテ期に入ったかと錯覚するよ。
実は3匹いるんだけれども。曲がり尻尾以外はフレンドリーな黒い塊ぐらいの認識しかなくて、今いち区別がついていない。
黒1匹と連れ立って築港へやって来た。背中の向こうに富士山が見える絶好のロケーションなんだけど、霞んじゃってほとんど見えないや(マウスカーソルオンで位置表示)。
そうこうしているうちに正午近くになり、今から急いで帰っても家に着くのは14:30を過ぎることが確実になった。そろそろ行かなきゃ、秋になったらまた来るからね。
この日はハマダイコンを3本ばかり収穫して家に持って帰った。スーパーで売っている大根よりも格段に大根臭が強く、電車に乗っている間は肩身が狭かったが、妻がきんぴらにしてくれたのを食べたら辛みが効いて旨かった。ただし食用にするのが目的なら、花が咲いてからだと薹が立ってしまって遅い。今度は自宅でも栽培できるよう、豆さやができたころに行ってみようと思っている(豆さや自体も旨いらしい)。