猫を訪ねて伊豆諸島14(大島)


大島町の猫

「大島までは来たんですけど、このまま御蔵へ渡るべきかとても迷っていまして、地元の方の意見を聞ければと……」
「島の生き物を観察したいと仰っていましたよね。それでしたら次の機会になさった方がいいと思います」
 一昨日からの御蔵島リベンジ猫旅は8時すぎに自宅を出発し、まずは調布駅〜調布飛行場を散歩するつもりでスタートしたものの、ほどなくして雨が降ってきたため断念。駅に戻ってバスに乗り、20分ほどで調布飛行場に着いてみると、大島行きの新中央航空101便は天候調査中で飛ぶかどうか分からなかった。このまま欠航になってくれれば色々楽なんだけどなと思ったりもしたが、出発30分前に条件付き運航が決定し、真っ白い雲の中を飛び続けて大島空港には11:10ごろ着陸した。
 本土とはまるで違う荒れた天気を目の当たりにして、御蔵島へ渡ることはほとんど諦めたが、現地で暮らす人の気象に対する感覚は俺とは違うのかも知れない。暴風雨になりつつある荒天のもと、このまま進むべきかそれとも退くべきか、率直な気持ちで宿のお姉さんに電話したのが冒頭の会話だった。天気が崩れることを昨日のうちにご連絡差し上げるべきだった、こんなに荒れるとは予想外だったとお姉さんは恐縮していたが、俺の方こそ当日キャンセルなどという無礼を働くことになって申し訳ないのである。
 御蔵島を諦めて必要な手続きを終え、そのままとんぼ返りするつもりで岡田港へ移動。タクシーを降りると風雨が強く、華奢な折り畳み傘ではまったく役に立たない。船の出港まで3時間近くあるし、1匹でも見つけられれば大島町がクリアできると思い、ずぶ濡れのままその辺を歩き回って奇跡の発見と相成ったのが以下の写真(シリーズ前編記事はこちら)。
大島町の猫

大島町の猫

 不穏な気配に目を覚ました。事態が飲み込めていない顔つき。
大島町の猫

 大島町の猫に会えたので、東京都の自治体で残すのは御蔵島村と小笠原村のみとなった。サンキューキジ白!
大島町の猫

 着ている服はもちろん、リュックもカメラバッグも防水ではないので、中まで雨水が染みてしまって非常に具合が悪い。客船ターミナルに戻って服やカメラ機材を乾かしながらスマホをいじっていると、翌日の天気予報が午前中から晴れマークに変わっていることに気づいた。寒冷前線が通過する見込みなので予報精度は低く、少なくとも風が収まることはないだろうが、散歩ぐらいはできるかも知れない。即断即決の気紛れキングたる俺は東京・竹芝行きのジェット船が出港する10分前、大島に1泊することを決めて乗船券を翌日に変更してもらい、宿を確保したのちバスで元町港へ向かったのだった。
 この日、大島アメダスが記録した最大瞬間風速は22.0m/sだった。古民家をリノベーションしたという沿岸の宿は強い海風が吹きつけて、ゴーッという轟音とともにガタガタと揺れる。敷布団は硬く、うとうとしているうちに腰が痛み始め、ろくに眠れないまま翌朝を迎えたが幸いなことに雨は上がっていた。いつまで持つか分からないこの天気、慌てて仕度して宿を飛び出したのは7時半。歩き出すこと3秒で最初の猫に遭遇した。
大島町の猫

 風が強くてカメラが振られる……。
大島町の猫

大島町の猫

 黒は目を丸くしてこちらを見つめている。マンションの上階に用があるのかしら。
大島町の猫

 二世帯住宅と思しき店舗兼民家。左側の玄関に猫が張り付いているのが分かるかな。
大島町の猫

大島町の猫

 薄くて分かりにくいけどオッドアイのようだね。
大島町の猫

 右側の玄関には黒もいた。
大島町の猫

 この直後、鳴きながら近寄ってきたけど、暗すぎて止まっていてくれないと撮影が厳しい……。
大島町の猫

 実はこの2匹、昨日の夕方、元町港から宿へ向かう時にもここに張り付いていたが、風雨が強すぎて写真を撮ることはできなかった。今朝もいてくれて大変ありがたい。
大島町の猫

 行く手の道端に黒白の背中が見えてきた。低い声で唸っている。
大島町の猫

 あらま、茶色いのとタイマン中でしたか。
大島町の猫

大島町の猫

 黒白は劣勢みたい。視線が下がっちゃってる。
大島町の猫

 一方の茶トラもめっちゃ緊張している。どちらも縄張りを守るとなると命がけだ。
大島町の猫

 人口7,000人の大島町の中でも元町地区は2,300人と最大の集落で、俺が歩いた限りでは猫密度もそれなりに高い印象だが、天気が良ければまた少し違うのかも知れない。というのも元町の中心である元町港は大島の代表港にもかかわらず定期船の接岸率が低く、補完港である岡田港の方が接岸率が高いという逆転現象が起きているからだ(おおむね3:7だそう)。船が着きにくいということは水揚げされるお魚のおこぼれも少ないのではないかと想像するけど、さすがにそれは少し考えすぎかしら。
 とある民宿で長毛茶トラが激しく鳴いていた。
大島町の猫

大島町の猫

「困りましたよ、ご飯のお鉢が空っぽなんです」
大島町の猫

 一通り散歩を終えて元町港へ戻ったのは9時前だった。町の防災無線によれば、この日の客船の出帆港は岡田港だそうで、元町港のターミナルには誰もいないかと思ったが意外にそうでもない。ターミナルの周囲には商店やカフェなどが点在していて、悪天候の平日にもかかわらず開いている店は多い。ここ何度かの離島旅で感じたことだが、離島における港というのは単に旅客が乗降するだけの施設ではなく、船が着くころになればどこからともなく島民が集まってきて社交場になるし、貨物の積み下ろしでフォークリフトやトラックが忙しく行き交うなど、鉄道輸送華やかりしころの街の駅の賑わいを彷彿とさせて懐かしい。伊豆諸島の中でも大島発着の船便はとりわけ多いので余計そう感じる。かつて我が国では都会から田舎に至るまで多くの駅に「駅前通り」があって商店街が形成されていた。こういう街並み、港の場合はどう呼べばいいのだろう。
 元町港の客船ターミナルで朝ご飯を済ませ、次の散歩は島の最南端に位置する波浮はぶ地区へ行ってみようと思い立ったが、時刻表を見ると次のバスは1時間半後。それを待つのはいくら何でも時間がもったいないので、港近くの貸し自転車屋でスクーターを借りることにした。詳しい料金体系は聞かなかったが3時間借りたいと言ったら3,000円。あとで不安になってやっぱり4時間と言ったら4,000円になったので、きっと1時間あたり1,000円で貸しているものと思われる。鈍亀の徒歩から翼が生えたようなスピードに生まれ変わり、途中立ち寄った差木地さしきじでは1匹の猫に遭遇した。
大島町の猫

大島町の猫

 しょんぼり顔の三毛さん。元気出せよ。
大島町の猫

 この時点で雨にこそ降られてはいないものの、相変わらず風が強くて猫探しに不利なことは昨日とさほど変わらない。人の行き交う元町よりも田舎の方が猫に会えると思っていた俺は、やや肩透かしを食った気になりつつも、再びスクーターに跨がって波浮港へ向けて走り出した。スクーターなら47kmある伊豆大島一周道路を一回りしてもまだ余裕がありそうだった(続く)。
大島町の猫

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