何の縁もない南州を散歩地に選んだ理由について、前回の記事で「去年通った時に椰子がたくさん生えていたから」と書いたが、今回の台湾猫旅でそれを見ることはできなかった。帰国してから調べたところ、屏東線の複線電化工事に伴い、駅の周りの椰子林はすべて伐採されてしまったそうだ。台鉄では環島路線(台湾を一周する幹線)の全線電化を急いでいて、非電化区間は潮州~知本の111.8kmを残すだけとなっている。工事は2022年に完了予定とのことだが、台湾ではこの手の工事は遅れるのが常なので、唯一残る旧型客車列車として有名な台東~枋寮を結ぶ普快車も、まだしばらくは走り続けると思われる。
南州駅の若い駅員に近所の見どころを訪ねたところ、歩いて5分ほどのところに台湾糖業の南州工場があると教えられ、猫探しのついでに行ってみた。精糖工場としての操業は2003年に停止していて、現在は観光客向けに開放され、中では土産物や冰淇淋(アイスクリーム)などが売られている。廃止されたシュガートレインのレールや橋台もあちこちに残っていたが、あいにく猫はいなかった。
精糖工場の撤退とともに過疎化が進んでいるのか、南州近郊に活気は見られず人影も少ない。道路を占領しているのはたいてい犬で、時々猫も見かけるといった具合だ。
若い黒は目がまん丸。地元の人に溶け込んでいるつもりなんだけどな。
好々爺然としたキジトラは、手ぶらの俺に興味を失ったらしく、どこかへ行ってしまった。
そんな様子を伺う小さな猫影はセミロング二毛。台湾で長毛を見たのは初めてかも。
ここはたくさんの猫がいるね。知らない街だから不安だったけど、来てみて良かったよ。
車の下にはたぶん三毛が隠れている。最初の写真に写っていた子。
金桶の横に佇む黒白。お腹に縫い目が見えるので、きっとまだ若い子。
何度か台湾へ足を運ぶうちに気づいたんだが、この国では都会はもちろん、このような田舎であっても、街のあらゆる場所に防犯カメラが取り付けられている。乗り物や公共施設は言うまでもなく、恐らく入国から出国まで、俺が辿ったルートをすべて特定できるくらい設置されている。外務省の渡航情報によれば、台湾の治安は比較的良いとされていて、そこまで厳重にする理由が分からないが、きっと抑止効果を狙っているのだろうと想像している。建物の施錠などもやたら厳重にしているらしい。
猫は電柱の下。このような俺たちの姿も監視されているのかと思うと、何となくこそばゆいものだな。
広大な空き地に白い物体。ぜんぜん隠れようとか考えないんだな。
街の中心部を一回りして時刻は15時すぎ。新左營行きの列車が出るまで残すところ20分となり、やや急ぎ足で駅に向かっていると、空き地の隅からこちらを眺める視線に気づいた。
小柄な黒白だった。君ちょっとタイプだから、モデルになってくれないかな。
設定を変えてうだうだやっているうちに、待ちくたびれた黒白は小さく欠伸。
空き地の隅は猫のお寛ぎ処。今度は2匹の子猫がこちらを見ていた。
三毛と思しき1匹は問答無用で逃亡。残った黒白は無関心。子供のくせに醒めたヤツだな。
醒めた黒白はきりっとして凜々しい顔立ち。大きくなったらイケメン間違いなしだな。
このあと急いで駅に向かったわけだが、思ったより距離があって、15:27発の区間車に乗り遅れてしまった。もともと1本前の自強号に乗る予定だったのを、猫がたくさんいたため散歩時間を延長したわけで、そのくらいならもう一箇所寄り道できたはずだが、さらに後続となると日暮れが近くてさすがに無理だ。
列車に乗り遅れたのは想定外だったが、考え方を変えれば、次の列車まで時間ができたということだ。さっき逃げられた三毛の子猫に会えるかなと思い、空き地に引き返してくると、母と思しき黒白が見回りしているところだった。
臆病な三毛ちゃんに会えたので、列車に乗り遅れたのは却って幸運だった。とはいえ今夜の宿泊地である虎尾は遠く、これ以上遅くなると斗六からの最終バスに間に合わない。今度は早めに駅へ向かい、16:12発の新左營行き自強号に間に合ったのだった。
新左營からは20分の待ち合わせで七堵行き自強号に乗り換え、斗六に着いたのは19:11。猫旅初日や2日目のように雨こそ降っていなかったが、気温は12℃で風が強く、バスを待ってじっとしているとかなり寒い。そもそも台湾には20~25℃を想定した服装で来ているので、予想外に低温になっても着る服がない。
暖房のない斗六バスターミナルで震えて待ち、台西客運7124A系統で虎尾に到着したのは20:14。3日前にも泊まった上毅飯店の小姐は、俺の顔を見るなり「あら、ミンハイシャンまた来た」とフルネーム入りで思い出してくれて、一から説明する手間が省けた。予約なしで飛び込んだ二度目のベッドは寝心地が良く、翌朝6時までぐっすり眠れたのだった(続く)。